吸血鬼の少女

 少女を抱えた大狼おおがみ狐塚きつねづかが家から出ると、周囲には規制線が張られており、大量の陰陽課の警察官だろう独特な服を着た者たちが配置されている。大狼と狐塚が周囲を確認すると、狼男の姿のままで居た白狼はくろうが駆け寄ってくる。


「大狼先輩! 大丈夫っすか!」

「ああ。だがこれだけ人が居るのに何故突入しなかったんだ?」

「先輩と狐塚が家に入ってしばらくしたら結界が張られたんですよ。結界を無理に壊すのは二人が危険だって、結界の解除をしていたんですが、間に合わなかったみたいっすね」


 地下室の扉を開けると発動する罠が設置されており、異界の中に居た大狼と狐塚は結界の発動に気付かなかったようだ。

 白狼以外の警察官たちも近づいてきて、大狼と狐塚に話を聞き始めた。大狼と狐塚がまず家の中の異界化を説明すると、家の中を清めにいくと一部の者は道具を持って家の中に入っていく。

 白狼は大狼の腕の中にいる少女が気になったのか、少女を覗き込んでいる。


「大狼先輩、妖魔の子供みたいですけど、どうしたんですか?」

「異界化の中で囚われていた」


 大狼が吸血鬼の子供である事と、本体である事を伝えると白狼や周囲の警察官は顔が引き攣る。更に大狼が異界化した場所で戦ったのがリッチで有ったと伝えると、周囲にいた者たちが狼狽する。

 白狼が大狼の体を上から下まで確認するように顔を動かした。


「リッチって、怪我はないんっすか?」

「一度魔法が直撃したのだが随分と手加減をされていたようだ」

「直撃!」


 白狼や周囲の陰陽課の警察官たちは慌てて、白狼が吸血鬼の少女を代わりに抱えると、陰陽課の術師たちが体を回復させるような術を大狼に使い始めた。

 大狼が術のお礼を言った後に、リッチの召喚は上手くいって無かったので本調子でなかった事、更に本調子でない上にかなり手加減されたので平気だと語った。

 リッチとの戦いを陰陽課の術師たちが気にしたので、大狼がリッチとの戦闘を説明している。

 大狼はリッチが話した事も伝え、リッチが手加減した理由である吸血鬼の少女の話もすると、皆の視線は白狼が今は抱えている少女へと集まる。


「この子が無事で良かったというか、無事でなければ大変なことになってたんすね」

「ああ。無事でよかった」


 陰陽課の警察官たちが少女を確認するが、少女は何かの術で眠らされており、起きる気配がない。

 少女とは言え吸血鬼なのは間違いない為、設備の整っている警視庁に連れて帰ってから術の解除をすることに、陰陽課の警察官たちは決めたようだ。

 捕えた魔法使いに仲間が居ないとも限らない為、護送するように少女を乗せたパトカーをパトカーで囲んで走る事にしたようだ。

 一緒に警視庁に帰るのは大狼、狐塚、白狼と警視庁の陰陽課から来た警察官となって、パトカーに乗り込み始める。

 大狼と狐塚が乗ってきた覆面パトカーは白狼が運転する事になって、大狼が後部座席で体を休めている。


「大狼先輩、体調が悪くなったらすぐに言ってください。抜けて病院行きますんで」

「そこまででは無いと思うが、分かった。ところで白狼、犯人はどうしたんだ?」

「先に警視庁に運ばれるっす」


 倒れて昏睡していた犯人は厳重に拘束されて、現場まで来ていた土御門や陰陽課の警察官たちによって護送された。

 土御門が現場に残らず護送をしたのは、陰陽師が他の術師の術や体を弱体化させるのが得意だからだ。

 白狼は大狼を心配する言葉をかけながらも運転を続ける。白狼は前に出ることが多いため、現場にいながらも着いていけなかった事を後悔してるのだろう。

 吸血鬼の少女を護送するパトカーの集団は何事もなく警視庁にまで戻ってくる。


「襲撃される事はなかったか」

「良かったっす」


 大狼と白狼だけではなく、護送をしていた陰陽課の警察官たちは緊張した顔を少し緩めている。強固な結界が張られている警視庁内で襲ってくる術師は居ないと考えて良い。

 陰陽課の警察官たちは、吸血鬼の少女を陰陽課が救護室として使用している部屋へと連れて行く。救護室となっている為、ベッドが置いてあり、ベッドに少女を寝かせると、少女にかけられた術の解除が始まる。

 少女を昏睡状態にしてた術はすぐに解けた。少女は目を開くと周囲を見回して怖がるように小さくなる。

 狐塚が前に出て少女と目線を合わせて会話を試みた。


「こんにちは。私は狐塚 紅乃くれの、あなたを助け出したうちの一人です」

「お姉ちゃんが助けてくれたの?」


 少女と狐塚は日本語で話し始めた。召喚された妖魔はどのような言語でも扱うことができる。

 狐塚が少女の緊張をほぐしていき、徐々に少女は饒舌に話し始めた。

 少女は急に召喚されて術で眠らせられた事までは覚えていたようで、狐塚に話をしている。

 狐塚は少女の話が終わるまで聞く事に徹して、少女の話が終わったところで優しく話しかけ始めた。


「私たちはあなたをお家に帰したいと思っているの。お家の場所の手がかりは何かない?」

「お家はお城で、この世界にはないの」

「そう。お名前を聞いても構わない?」

「うん。私はソフィア・アルストレーム」


 狐塚が根気よくソフィアと名乗った少女から事情を聞き出していく。

 ソフィアと狐塚の話を続いている中、大狼が救護室になっている部屋を出た。部屋を出た大狼は陰陽課に入ると、近くにいた陰陽課の警察官に土御門がどこかと尋ねる。大狼は聞き出した土御門がいる部屋へと移動した。

 土御門がいるのは取調室の隣にある部屋で、大狼が部屋に入ると土御門が大狼の方を向いて手招きしている。

 大狼が土御門の隣に来ると、二人は小声で会話をし始めた。


「大狼、報告を聞いてはいるがよく無事だったな」

「怪我らしい怪我をしていないのが自分でも不思議です」


 大狼が土御門に犯人の家で起きたことを報告している。

 報告を聞き終わった土御門がマジックミラー越しに居る、一連の遺体を盗んだ犯人を見ながら大狼に話しかけた。


「魔法使いの犯人は黙秘したままだ。結界を解くのに必要な情報が欲しかったのだがな。間に合わなかった」

「何も喋らないのですか」

「ああ。名前も名乗っていない」


 土御門はため息をつきながら、マジックミラー越しの犯人を鋭い視線で睨め付けている。大狼も土御門同様に犯人に視線を向けた。

 犯人の対面には陰陽課の警察官がいて、話を聞き出そうとしているが、犯人は俯いたまま何も喋っていない。

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