棺の中

 リッチが素直に諦めたことで、大狼おおがみは剣を鞘に収めた。


「楽しかったぞ。人間の術師よ」

「随分と手加減をして貰ったようだ」

「言ったであろう楽しむと。殺すつもりはなかったからな」


 リッチは大きく笑って、笑い声と共に骨と骨が当たった音がする。

 場の異界化が薄れていって、部屋の様子が地下墓地のような空間が蝋燭で照らされている状態から徐々に普通の部屋へと変わっていく。普通の地下室へと変わって行くと、リッチが最初に座っていた椅子の位置へと移動し始めた。

 リッチが座っていた椅子の位置にあった者は棺で、リッチは棺を確認している。


「棺は無事だったようだな」

「その棺は?」

「余が召喚された理由は二つ、人を生き返らせる事。そして棺の中で眠る者を守る事。余は腕が無くなってしまったからな、中を確認してくれるか?」


 リッチは召喚された契約を守って戦っていたようだ。リッチは戦闘中にほとんど動かなかったが、棺を守ろうとしていたようだ。

 大狼が狐塚に視線を一度向けてから、大狼はリッチの元に近づいていく。

 リッチに場所を譲られて棺の蓋を大狼が外す。大狼が外した棺の中には遺体ではなく少女が眠っている。

 大狼が少女の口元に手を持っていき呼吸を確認している。


「遺体ではない?」

「余も遺体であれば気にしないで契約を破った。だが吸血鬼の少女ではな」

「吸血鬼?」


 リッチが結んだ契約について話し始めた。

 魔法使いが呼んだ召喚はリッチを呼ぶには技量が不足していたが、魔法使いは大量の遺体を準備することで技量を補填しようとしたが、リッチとしては遺体には興味がなかった。

 契約を結ぶ気にはなれなかった為、魔法使いを殺して帰ろうとした。焦った魔法使いは妻を生き返らせたいとリッチの情に縋った。リッチとしては興味のない話で、当然無視しようとした。

 魔法使いは自分の命を捧げるので妻を生き返らせて欲しいと言い始めるが、魔法使いの命だけでは足りないとリッチが言うと、吸血鬼も用意していると言い始めた。

 魔法使いの妻の遺体はなく、吸血鬼の遺体を再構築することで妻の体にする予定だったと魔法使いが言い始めた。

 魔法使いには言わなかったが遺体がなければ、リッチには生き返らせる事など不可能だった。リッチは呆れながらも吸血鬼を確認すると、吸血鬼はまだ少女であった。吸血鬼の少女は不味いと、リッチは焦り契約を結ぶ事にした。

 リッチの話が終わると、大狼は吸血鬼の少女を再び確認する。リッチも大狼と一緒に棺の中を確認する。


「吸血鬼の少女は不味い。親がいる可能性がある」

「成人していないのですか?」

「見た目が幼い訳ではなく、本当に幼いようなのだ」


 吸血鬼には何種類か増え方がある。

 始祖と呼ばれる自然発生した吸血鬼が増える方法があるが、吸血鬼の始祖は一番数が少ない。次に吸血鬼の始祖が人間を吸血鬼に変える方法もあるが、失敗することの方が多いので意外と数は少ない。

 最後に吸血鬼同士が子供を作る場合がある。人間から吸血鬼になった場合は見た目が幼い事もあるが、リッチほどの使い手であれば成人した吸血鬼なのか、吸血鬼同士から生まれた子供なのかは見ただけで分かる。

 少女の親が吸血鬼の始祖だった場合には、少女が死んでしまった場合には吸血鬼の始祖が怒る事になり、リッチとしても始祖の相手は大変だと慌てた訳だ。

 大狼はリッチの言いたい事を理解したのか、顔が引き攣る。


「もしや分身としての召喚ではなく、本体の召喚をされているのですか?」

「その通りだ」

「なんて事を」


 普通の召喚は分身として異界から呼び出される。分身が死んだとしても本体には影響がない。

 本体を召喚する場合は、召喚をするための難易度が上がる。しかも本体を呼び出す召喚は、難易度の割に召喚する術師側にも召喚される妖魔側にも恩恵は薄い。その為本体を呼び出されるような召喚は、召喚される側が召喚を拒否してしまう事が多い。

 吸血鬼の少女に関しては召喚を拒否する仕方を知らなかったか、実力が召喚した魔法使いの方が上だった可能性がある。


「本体である吸血鬼を元にしたところで、死者の蘇生は余でも不可能。だが少女が犠牲になる場合がある。それを知っていて無視すれば、親の吸血鬼と戦いになれば面倒な事になる」

「この吸血鬼の少女はこちらで預かります」

「頼むぞ。適当に異界に返す訳にもいかん。余も身元を探しておく」


 リッチなら少女を送り返す事ができるが、少女が住んでいた場所が分からない為、下手な場所には送れないと送り返していないようだ。

 異界はリッチが住んでいるような異界もあれば、悪魔が住んでいるような異界もあるので、適当に送り返す訳にはいかないのだ。

 吸血鬼が住んでいる異界もあるのだが、吸血鬼にも色々と種族がある為に敵対している吸血鬼同士もいる。その為、少女を何処に送れば良いかは分からない。


「こちらでも捜査します。異界の情報を頂きたいので、お名前を伺いたいのですが、構いませんか?」

「そうだな。余はイスマイール。余を呼ぶのは難しいかもしれぬが、少女の事であれば召喚の対価は取らぬ」

「感謝致します」


 大狼と狐塚きつねづかがイスマールに自己紹介をすると、イスマールは覚えておくと二人に伝えている。

 大狼がイスマールを召喚する時に有った方が良い物や、召喚陣について質問をしていく。イスマールが大狼に丁寧に教えて、大狼は手帳に記入していく。


「それでは大狼と狐塚よ、後は任せるとしよう」

「イスマール様、少女の保護はお任せください」

「うむ。それでは余の止めを頼めるか?」

「はい」


 大狼が剣をイスマールに向けて振り下ろすと、イスマールは粒子となって消え去る。

 イスマールを倒した事で異界化が多少薄まるが、地下室は汚染されたように異界化しており、妖魔が自然発生しそうだ。狐塚が舞いながら神楽鈴を鳴らすと地下室の異界化が更に薄れていく。

 狐塚は舞が終わると周囲を確認した


「時間をかけて場を正常にするしかなさそうですね」

「そうだな。それでもリッチが居たにしたは汚染が少ないと言えるだろう」


 大狼と狐塚は棺の中で眠る吸血鬼の少女を二人で確認した後に、大狼の装備を狐塚が持つと、大狼が少女を抱き上げる。

 少女を抱えた大狼が地下室を出ると、部屋の前にあった階段を上がって白狼が壊した入り口にすぐに戻ってくる。異界化していたことで地下墓地を歩いたが、空間毎歪んでいた事で部屋の距離まで変わっていたようだ。

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