地下室の異界化−2
大狼が剣を構えながら前に出ると、リッチが椅子から立ち上がる。
「それでは楽しもう」
リッチはそういうと虚空から杖を取り出した。杖を振る前に大狼が近づいて剣を振るうが、リッチの杖に受け止められる。
リッチは本来武術は得意ではないが、空間が異界化している状態であれば、妖魔であるリッチの優位性によって、大狼の剣を受け止める事ができる。
大狼が剣を連続して振るうがリッチの杖によっていなされた。リッチが杖で大狼の剣を受け止め、次に杖を逆に大きく振るうと、大狼が後ろに下がる。
下がった大狼に対してリッチが魔法を発動して、黒い塊が大狼を襲う。大狼を襲った黒い塊は、大狼に当たる前に消え去る。
リッチの術を消したのは狐塚で、神楽鈴を鳴らしながら舞を踊っている。
「いい連携だ」
リッチに褒められても大狼と狐塚に返事をする余裕はない。リッチが杖を振るごとに魔法が飛んできて、大狼が魔法を避けている。
大狼は魔法を避けながらリッチに近づいて切りつけるが、同じようにリッチの杖に塞がれて、同じように大狼は後ろに飛ばされる。
リッチの魔法を避け続ける大狼の息が徐々に荒れていき、避け損ねた魔法が服を擦り、服が焦げがように炭になる。
大狼は荒い息でもリッチの攻撃を避け続ける。
「思った以上に粘るな。面白い」
余裕のありそうなリッチは魔法での攻撃を続ける。
魔法が当たりそうになりながらも、大狼は横方向に移動することでリッチの攻撃をなんとか避けようと動き回っている。
大狼にも魔法を避けながらリッチに近づくのは無理になってきたようで、攻撃を避けるしかできなくなってきた。
リッチが使っていた魔法を変えて、雷撃のように早い魔法を使うと大狼に直撃をして吹き飛ぶ。
「ガハッ」
「先輩!」
素早く起き上がると「大丈夫だ!」と大狼は叫ぶ。
大狼は吹き飛んだが、リッチの使った魔法は速度はあるが威力はなかったようで、大狼の服が魔法の威力を随分と軽減したのだろう。
リッチが使ってくる魔法を大狼は再び素早く避け始めた。
リッチの魔法は黒い塊が飛んで来るものと、雷撃のように早い魔法のに種類となり、大狼はどちらの魔法も避けていくが、攻撃する暇はない。
「そろそろ楽しみも終わりにするか」
「まだ終わりません!」
狐塚が叫ぶと、部屋の中に狐火が浮かび上がり、室内なのに雨が降り始める。場が狐塚の強力な術によって書き換えられる。
巫女としての術ならばリッチが支配する場を書き換える事は難しいが、狐の妖魔が使う術ならば異界に近いため、リッチに悟られなければ発動する事は可能だ。
狐塚は最初神道としての術を使っていたが、途中から紅衣が妖魔だった時期に使っていた術を発動させるために、大狼の援護を止めて術を変えていた。
「室内で狐の嫁入りか? 随分と器用な事をする」
狐塚が使った術にはリッチを拘束するような効果はないため、リッチは余裕そうに狐塚が使った術を看破して、狐火や雨を観察している。
大狼が剣ではなく、剣の鞘を手に取ると鞘に魔力を送り込む。大狼が持っている剣の鞘は、杖として使用する事が可能だ。
大狼の前に幾つものの魔法陣が出来上がると、魔法陣から鎖が飛び出した。鎖はリッチを縛り付け始めた。
リッチは鎖を眺めると、動こうとしたのか手を動かしているが、体は動く気配はない。
「余が動けぬとはこれは凄い。神官のような力を使うのに魔術もかなり上手いようだ。これは驚いた」
大狼は神職としての術を最小限にして、リッチに気づかれないように魔力を準備していた。
大狼は拘束しても余裕そうなリッチに対して連続で魔法を使い始めた。
リッチの足元に魔法陣が浮かび上がると、渦を巻くように黒い粒子が回り始める。魔法陣は更に膝、腰、胸、首、頭の上と出ると、黒い粒子がリッチを覆う。黒い粒子は空間が歪むように漆黒へと変わっていく。リッチがいた場所には黒い穴があるような状態になっている。
「先輩、凄い魔法知ってますね」
「サマンサの魔法だ。サマンサは昔こういう魔法も研究していた」
「サマンサさんが自分で大人しくなった、と言った意味が分かりました」
大狼と狐塚は会話をしながらもリッチがいた場所から視線を逸らさない。
大狼の呼吸が落ち着いてきたところで、黒い穴からリッチの腕が片方出てくる。
リッチの腕は穴の縁を掴むような動作をすると、もう片方の腕が出てきて同じように穴の縁を掴む。手に力を入れるような動作をすると、リッチの頭部が穴の中から出てくる。
「訂正しよう。かなりではなく、魔術の腕も凄腕だ。この体では壊れたかと思ったが、運が良かったようだ」
「あの魔法を受け切るのか」
リッチは手と頭だけが出ていた状態から、ゆっくりと穴の中から出てくる。リッチは自分で壊れたかと思ったと言ったように、リッチの体は傷だらけだ。それでもリッチは穴から全身を抜け出し普通に立っている。
リッチは杖を持っておらず、流石に杖は壊れてしまったようだ。だがリッチは虚空から再び杖を取り出してしまう。
リッチは大狼が魔法で作った黒い穴に対して杖を振ると、黒い穴が粒子に戻って魔法陣が見える。魔法陣も逆再生をするように壊れていく。
「もう少しだけ楽しませて貰うとしよう」
リッチが楽しそうにカタカタと笑いながら杖を構える。
狐塚の神楽鈴が再び音を奏で始めると、大狼も剣に神道の術を使い始めた。リッチの力が落ちたことで、狐塚が清めている場は先ほどよりも安定しており、大狼が剣に使っている神道の術も力強く輝いている。
大狼が剣をリッチに振るうと、リッチは杖で同じように剣を受けるが、先ほどまでとは違ってリッチの体が大きく泳ぐ。
大狼の剣が杖を持っているリッチの腕に当たりそうになるが、リッチは咄嗟に反対の腕を犠牲にして耐え切ったようだ。片腕を犠牲にしながらリッチは魔法を使い大狼との間合いを広げる。
「楽しもうにも、随分とガタがきているようだ」
「楽しまれすぎたのでは?」
「そうかもしれんな」
リッチはかなり弱っているが、大狼を往なす事でなんとか耐えている。
だがそれも長くは続かず、杖を持っている手を大狼に切られてしまう。
更にそこから狐塚が神楽鈴から懐に入れていた神鏡に持ち変えると、場が清められていく。
「これはいかんな」
「終わりのようだ」
「そのようだな」
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