地下室の異界化−1

 白狼は自分がやったことで、家を破壊して庭に突き刺さった床を見て、狼男の顔が興奮した笑顔の表情から急に真顔になった。


「あ、あぶなっ、またやりすぎるところだった」


 そんな白狼を気にした様子はなく、大狼は床があった場所を確認している。白狼が壊した床の底には石畳の階段が作られており、地下室が作られているようだ。

 狐塚が階段に向かって神楽鈴を鳴らすと、階段の雰囲気が一変した。今まで普通の石畳で作られた階段に見えていたものが、血を塗りたくったような赤黒い階段へと変化する。

 変化と同時に凄まじい匂いが部屋中に広がる。

 庭を見ていた白狼が「ギャンッ」と鳴くと床にうずくまった。

 慌てて大狼と狐塚が家から白狼を引き摺り出す。


「私たちでもきつい匂いだった。白狼には地獄だっただろうな」

「申し訳ないことをしました」


 白狼が回復するのを待ってから、大狼は犯人を回復した白狼に捕まえておくようにお願いした。

 半泣き状態の白狼は大狼から犯人を受け取ると、後は任せると大狼と狐塚に伝える。白狼にはやはり地下室への階段は匂いがきつすぎたようだ。

 白狼を家の外に残して、大狼と狐塚は家の中へと戻っていく。地下室に続く階段を前にした大狼と狐塚は、大狼を先頭にして階段を降り始めた。

 階段を降り切ったところには扉が付いている。大狼が扉を開けると、その先は地下墓地のような見た目をした入り組んだ場所になっている。


「完全に異界化しているな」

「酷い状態です」


 完全に異界化した場所は異界の主となる核になる妖魔がおり、妖魔が得意な場所へと空間自体を変えてしまう。今回の核となった妖魔は地下墓地に関係する相手のようだ。

 大狼が背負っていた破魔弓を手に取り弦を引いて音を鳴らし、狐塚は神楽鈴を鳴らすと場が清められて、空間自体が揺れるように波打つが、地下墓地が消えるほどの効果はないようだ。その様子を確認した大狼は破魔弓を背中に戻し、狐塚と共に地下墓地を進み始めた。

 狐塚が神楽鈴を鳴らしながら大狼と狐塚が地下墓地を歩いていくと、スケルトンが二人の元に歩んでくる。大狼が剣に対して術を使うと、スケルトンに向けて駆け寄って振り抜いた。

 剣はスケルトンに当たったようだが音を立てることもなく、スケルトンの骨を振り抜いた。スケルトンは崩れ落ちるように骨に戻る。


「盗まれた遺体の可能性があるので、回収したいが今は無理だな」

「はい」


 大狼が使った術は神職としての力で、清めることでスケルトンを無力化した。

 スケルトンは実体があるので骨を砕いても倒せるが、核となっている魔力が何処かに存在するため、神職としての魔力を清める力はスケルトンには効果的だ。

 狐塚が場全体を清め、大狼が剣を使った狭い範囲で効果をあげた事によって、異界化した場所でもスケルトンを倒せるほどの力を発揮できている。

 大狼と狐塚は地下墓地を更に進んでいくと、動く死体ゾンビが近寄ってくる。大狼が再び術を使って剣を振るうが、一撃ではゾンビを退治できない。ゾンビは大狼を攻撃するが、大狼は素早くゾンビの攻撃を避ける。

 大狼が術をかけ直した剣でゾンビを攻撃すると、ゾンビは崩れ落ちる。


「狐塚のサポートがあっても破魔の力が随分と弱いな」

「異界化がここまで進んでいますからね」

「ああ。それに随分と力がある妖魔のようだ。道がいまだに一本道だ」


 異界化の核となっている妖魔は、ダンジョンのように入り組んだ空間に作り変える事ができる。

 だが今回の妖魔は一本道の地下墓地を作っており、空間に入り込んで来た者を迎え撃つ前提の構造になっている。核になるような妖魔が弱い事はあり得ず、己の力に自信を持っているのが窺える。

 どんな相手が待っていようとも大狼と狐塚には関係がないようで、大狼は襲ってくるスケルトンやゾンビを倒しながら地下墓地を進んでいく。

 大狼と狐塚が進んで行った先には、地下墓地に相応しくない豪華な扉が設置されている。


「この先に核となる妖魔がいるようだな」

「そのようです。凄まじい魔力を感じます」

「ああ。狐塚、準備はいいか?」

「はい」


 狐塚は強張った顔で大狼に返事をした。大狼そんな狐塚を見た後に、真剣な眼差しで扉を注視した。大狼は扉に手を掛けると、開け始めた。

 扉の先には大きな部屋があり、部屋の中は蝋燭で照らされている。蝋燭に照らされた部屋には豪華な椅子があり、椅子にはローブを着た骸骨姿の妖魔が腰掛けている。

 骸骨の妖魔は大狼と狐塚に気づいているだろうが、扉を開けた状態の大狼と狐塚をまだ攻撃する気はないようだ。大狼と狐塚は慎重に部屋の中に入っていく。部屋の中に入った大狼と狐塚は椅子に座った骸骨と対面した。

 大狼が強張った顔で骸骨を確認するように視線を動かた。


「レヴァナントいや、リッチか?」

「よく分かったな人間よ。卑小な人間にしてはやるではないか。余はリッチだ」


 リッチはしわがれた声で返事をした。何が面白いのかカタカタと骨を揺らして笑っている。

 スケルトン、レヴァナント、リッチは見た目だけなら骸骨なのでよく似ている。

 スケルトンとレヴァナントは自力で成った物ではなく、偶然もしくは魔法でなった場合が多く、リッチは魔法使いなどが自力でリッチとなっているため、スケルトンとレヴァナントと比べると特出して強い。

 リッチだと分かったからだろう、大狼と狐塚の顔色は悪い。

 リッチは二人で倒せるような妖魔ではなく、敵対した場合は陰陽課全体で倒す必要がある妖魔だ。だが大狼と狐塚は逃げる事なくリッチと対峙している。


「リッチよ、日本についての話は聞いているか?」

「うむ。召喚者に聞いた訳ではないが、知り合いから聞いてはいる。問題を起こさねば生きていけるのだろう?」

「そうだ」

「うむ、うむ。余も少しは大人しくすることを考えたのだが、召喚されたこの体が貧弱すぎてな。余をレヴァナントと誤解するのも理解できる程度には貧弱よ。なので楽しんで帰る事にした」


 リッチはレヴァナントを貧弱だと言うが、かなり強い妖魔だ。それ以上にリッチは本来強い相手で、今の状態はリッチの本来の力を発揮しきれていない。

 リッチが弱い状態であるため、大狼と狐塚にも多少はリッチに勝てる可能性があるが、かなり厳しい戦いになるだろう。事実リッチは悠然と構えており、余裕が見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る