夢幻温泉旅館−4

 食事を終えると夢野ゆめのが食器を下げる。真神まかみ大狼おおがみ狐塚きつねづかが何故泊まりで仕事をしているのかと、今更ながらに尋ねる。大狼が墓荒らしについて説明をすると真神はため息をついた。


「二人から変な匂いがすると思ったらそう言うことか。しかし、今時そんな大それた事をする奴がいるとは思わなんだ。遺体の量が多いから大陸系の術師か」

「売買目的ではないのなら、その可能性が高いと思っています」

「売買なら日本で墓荒らしなんぞする必要はない。密輸した方が簡単で捕まらん」


 魔法使いなどは特にだが秘密結社として活動しているので、非合法の活動をしている術師も多い。非合法の活動をしている術師たちは、表ではない裏のルートを使って色々な物を運び込んでいる。日本は島国なので運び込む方法は限られるが、それでもかなりの量の非合法品が密輸されている。


「そこまで力がある術師が自ら遺体を集めるのは不思議ではあるな」

「はい。ここまでの術が出来るのなら、稼ぐ方法は他にいくらでもある筈です」

「密輸した遺体ではダメな理由があるのだろな」


 遺体を利用した術は数多いためどのような理由があるかは分からないと、大狼が言うと、真神も同意する。真神と紅衣が何か分かったら連絡すると、大狼と狐塚に言う。


「それでは長い事邪魔してしまった事だし戻るとするか」

「真神お母様、また会いに行きます」

紅衣こうい、好きな時に来ると良いいつでも待っている」


 真神と紅衣が夢野にまた来ると挨拶をすると、二柱は召喚を解いて消える。夢野が、もう一部屋にも布団は用意していると言って大狼と狐塚がお礼を言うと、夢野はごゆっくりと一礼して部屋を出ていった。


「先輩、紅衣様って真神様の前だと、いつもあんな感じなんですか?」

「そうだが、知らなかったのか?」

「はい。真神様に会いにいく時は一人で行くと言うので、うちの実家だと知らない人が多いと思います。紅衣様、恥ずかしがっていたんですね」


 真神に育てられた妖魔や人は紅衣似た状態になると、大狼は狐塚に説明する。


「流石、アセナ様です」

「そちらの名前は後からついたので、真神様は本人ではなく狼違いだと言っておられるがな」

「真神様の毛並みで、違う狼だと言う事は分かります」


 真神は複数の名前を持っている。テュルク神話のアセナが、大陸生まれで子育てをする狼の真神と混同されてた事で、アセナが真神の名前として認識されて真神の神社は阿史那あしな神社となった。真神としては本物のアセナに申し訳がないと、アセナの名前を名乗ろうとしない。


「子育てをする時はアセナの姿が都合が良いと、空色の狼になられるがな」

「姿を変えれるんですね」

「ああ。今の姿が生まれた時の毛並みだとは言っていた。同一視されたことで変えれるようになったそうだよ」


 真神がアセナの姿になっている時は子供を育てる能力と、癒しの能力を持っている。そのため阿史那神社が得意としている加護は子供や癒しに関係する物が多い。


「さて遅くなってきたようだし寝るとするか」

「はい」

「私が別の部屋に移動しよう。それでは狐塚、おやすみ」

「おやすみなさい」


 狐塚は大狼を見送ると、すぐに布団に入って寝てしまう。

 携帯のアラームが鳴ると狐塚はアラームを止めて二度寝に入る。二回目のアラームが鳴ったところで狐塚は起き始める。


「うう。眠いです」


 上半身だけ起き上がった狐塚は、焦点の合っていないような目で何処かを見ている。昨日の疲れが抜けていないのか狐塚は眠そうだ。狐塚が虚空を見つめているとドアがノックされる音がする。


「う?」


 ドアの外から大狼が部屋の中にいる狐塚に向かって「狐塚、起きているか?」と問いかけている。狐塚は慌てて布団から起き上がってドアを開ける。


「先輩、おはようございます」

「あー、狐塚浴衣を直した方がいいぞ」

「え?」


 寝起きで乱れた浴衣のまま飛び出したので、狐塚の下着が見えそうになっている。狐塚は慌ててドアを閉めて浴衣を直してドアを開けた。


「先輩、おはようございます」

「おはよう」


 狐塚は先ほどの無かった事にしたように挨拶をしている。大狼も気にした様子なく挨拶をしている。


「狐塚、朝食のようだ。昨日時間を聞くのを忘れたと言われてな」

「あ、はい。こちらの部屋で準備をしますか?」

「いや、私の部屋に用意して貰った」


 大狼と狐塚は朝食を食べ始める。狐塚が今日の予定を大狼に尋ねると、大狼は朝風呂に入る許可を夢野さんに貰っているから狐塚は入ってくると良いという。


「お風呂って良いんですか?」

「私でも大変だと感じたんだ、狐塚には更に大変だっただろう。少しでも回復しておいた方がいい。休みまで仕事にならなくなる」

「そう言われると確かに腰と腕が」


 狐塚は腰を摩りながら大狼の提案に乗って、風呂に入ってから帰る事にしたようだ。朝食を食べ終わると狐塚が温泉に入っていく。ゆっくりと温泉に入って顔色を良くした狐塚がスーツに着替えて戻ってくる。


「先輩、戻りました」

「ああ。土御門つちみかどさんには遅れると伝えておいた。土御門さんからは午後までに帰って来ればいいと言われた」

「それは助かります」


 出発するための準備を終えた大狼と狐塚は、夢野に挨拶をして領収書を用意して貰って宿泊料金を払う。大狼と狐塚は靴を履くと夢野に挨拶をする。


「夢野さん、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ紅衣様と真神様にお会いできて光栄でした」

「今度は真神様に客として来るように伝えておきます」

「光栄ですわ」


 大狼と狐塚が覆面パトカーに乗ると、夢野の見送りで覆面パトカーは走り出す。大狼は運転をしながら服を買いに行くかと狐塚に言う。


「良いんですか?」

「午後までに戻って来ればいいと言っていたし変えてしまおう」

「分かりました」


 着替えられれば良いと大狼と狐塚は安い服を買う。服を着替えた二人は、覆面パトカーに乗ると霞が関に向けて大狼が運転をし始めた。


「先輩、運転ありがとうございます」

「気にするな。疲れているだろうし寝ててもいいぞ」

「魅惑的なお誘いです。断るべきなんでしょうがお言葉に甘えさせて頂きます」


 そう言うと、狐塚はすぐに寝始めた。大狼はそんな狐塚を視線だけで見ると、運転に集中し始めた。大狼は法定速度で走行しつつ、車線変更などで車が揺れないように運転している。

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