墓荒らし−1

 通報が大量にあった次の日、大狼おおがみ狐塚きつねづかは場が異界側に寄っている場所を回って清めている。大狼と狐塚がいつもの覆面パトカーではなく、警察車両のバンで場が異界側に寄っている空き地にやってきた。バンから簡易の祭壇を取り出して大狼と狐塚が運び始めた。


「先輩、もう少し先に起きやすそうな場所があります」

「本当だな。あそこにしよう」

「はい」


 普段のスーツと違って神主の格好をした大狼は、身長もあって鍛え上げているからか神主のように見えない。同じように普段と違って巫女の格好をした狐塚は、いつも髪を結い上げているのを完全に下ろして後ろでまとめているので、服装もあって巫女らしい姿だ。


「神具を置いて始めるか」

「はい」


 大狼と狐塚が神具を祭壇の上に乗せていく。狐塚が大狼の補佐をすると、大狼は柏手を打って祝詞をあげる。大狼の祝詞のりとで場が清められたことで、異界側から徐々に離れていき安定していく。


「よし、終わったな」

「場が安定したようです」

「よし、次に行くぞ」

「はい」


 陰陽課には通報を受けて現場に向かう事が多い日と、陰陽課として通常業務である東京都が異界側に寄りすぎないように、場を調整している日がある。大狼と狐塚は、神社やお寺がない空白地帯になっている場所を清めて回っている。


「やっぱり書類仕事よりこっちの方が私には合っています」

「通報で処理する仕事はどうしても書類が多く必要だからな」

「そうなんですよね。通報自体は良いんですけど、その後の他の部署への資料を作るのが大変です。どうせあまり読まれないのだろうって思うと、作る気が無くなるんですよね」

「陰陽課の仕事は、普通の警察官には理解できない専門性が高い物が事が多い。読んでも理解できないのは、仕方ないところもあるけどな」


 会話をしながら大狼と狐塚は、警察車両のバンの中に、神具と祭壇を片付けている。簡易の祭壇とはいえ大きいので、警察が普通使うような車では祭壇を組んだ状態だと載せるのが難しい、なのでバンで移動しているのだ。


「書類仕事には、仕事がないのは良いんですけどね」

「簡易の祭壇とはいえ重いからな。二人一組で組まされているのもこれが主な理由だからな」


 陰陽課はどうしても違う術師と組むと相性の問題があって、組める人が決まってくる。なので一人で行動することも多く、大狼と狐塚のようにバディで動いているのはどちらかと言うと珍しい。


「先輩みたいに筋肉があれば、祭壇を運ぶのも問題ないんですけどね」

「私なら祭壇を一人で持てるんだが、組んだままだと持ちにくい」

「だからと言って持ち運びやすいように毎回バラす訳にはいきませんか」

「そうだな」


 一箇所で終わるような作業ではなく、清めて回るので、毎回祭壇を組み立てるのは時間が掛かる。毎回祭壇をバンから持ち運ぶのは重いが、大狼は時間短縮のため祭壇を組んだまま運んでいる。


「今日はこのまま清めて終われば楽で良いんですけど」

「狐塚、そんな事を言ってると連絡が来るぞ?」

「まさか」


 狐塚が連絡が来るのを否定をしたところで、携帯の着信音が鳴る。大狼と狐塚が携帯を確認すると、大狼の携帯だった。大狼は携帯の画面を見た後、狐塚に携帯の画面を見せると、土御門つちみかどと書かれていた。大狼は狐塚に見せていた携帯を自身の方に戻して電話に出る。


「はい。大狼です」

『大狼。今、大丈夫か?』

「丁度祭壇を片付けていたところなので、運転はしていません」

『そうか。すまないが行って欲しい場所ができた」


 土御門は群馬県まで行って欲しいと大狼に伝えている。陰陽課は県を跨いで活動するが、霞が関から群馬県まで行くと場所によっては往復時間と現場の調査時間で勤務時間中に帰って来れなくなる。泊まりの出張扱いか、早朝から移動するのが普通だが、大狼と狐塚はすでに業務をこなしており、すでに昼前だ。


「群馬って今からですか?」

『ああ。埼玉に近い場所なんだが、時間がかかるようなら出張扱いにするので泊まって来ていい』

「そこまでする事が起きたんですか?」

『墓荒らしだ。土葬のな』


 日本は火葬が主流の国だが、土葬がされている地域も一部ある。神道は土葬されることもあったが、土壌の汚染、遺体が感染症の病原体に汚染されていた場合の問題、仏教の普及があり、日本での土葬はほぼ無くなった。土御門が向かって欲しいのは。そのような日本では珍しい土葬がされている場所のようだ。


「土葬ですか?」

『ああ。埋葬していた遺体が盗まれたようだ」

「遺体が盗まれた? またですか?」


 大狼と狐塚が担当した葬儀屋から遺体が消えた事件は、人の骨か動物の骨かで、効率の良い術が変わってくるため、科捜研に出している骨のDNA検査の結果待ちだ。


『そうだ。前回と同じような状況なので、大狼と狐塚の二人に行って欲しい』

「分かりましたが、私たちは場を清めていたので、神職の格好でいるので着替えが必要です」

『それはまずいな。着替えて向かって欲しい』

「一度、陰陽課に戻ります」

『分かった』


 神道が土葬できるように持っている霊園もあるが、今では神道も大半が火葬になっている。土葬されている墓地の大半が他のキリスト教やイスラム教が管理している墓地だ。そこに神職の格好で行けば良い顔をされないのは当然だ。陰陽課としての仕事だが、警察官として必要な服装を陰陽課の者たちは変える。


「狐塚が楽なんて言ったから連絡が来たぞ」

「私のせいじゃありません。事件がなければ良いなとは思いましたが、普通のことでしょ?」


 狐塚が話しているのを大狼は笑って聞いている。大狼が「冗談だ」と言って狐塚を落ち着かせ、今後の予定を伝え始めた。


「狐塚、これから群馬県だ」

「今からですか?」

「そうだ」


 大狼が土御門から電話で聞いた話を狐塚に伝え、大狼の話が終わると狐塚は肩お落とす。そんな狐塚に大狼が声をかけた。


「どうした?」

「昨日、科捜研の加藤さんから、警視庁の女性何人かでディナーをしようって誘われてたんです。一度戻って着替えて群馬に向かうってなると…」

「鑑定依頼の帰りに話していたのはそれか。しかし、それはあれだな。群馬だからディナーまでに帰ってくるのは厳しそうだな」

「はい。仕方ないです、仕事で行けなくなったと断っておきます」

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