消えた遺体−1

 大狼おおがみが陰陽課に出勤してくると、当直をしていた者たちや、早めに出勤してきた者たちが忙しそうに動き回っている。大狼は、忙しそうに指示をしている土御門つちみかどに近づき声をかけた。


「土御門さん、おはようございます」

「おお、大狼、おはよう」

「何か大きな事件が起きたんですか?」

「いや、通報が連続して当直の者だけでは対応できなくなってしまったようなんだ」


 事件は日夜問わず起きている。それでも警察が忙しい日と、忙しくは無い日の違いはある。陰陽課も同様で、妖魔が関わる事件が連続する日が今日だったようだ。朝から陰陽課の警察官たちは忙しそうに動き回っている。


「今、通報を振り分けている。これから大狼と狐塚きつねづかにも振り分ける」

「分かりました。狐塚と現場に向かいます」

「頼んだぞ」


 土御門が持っているタブレットには通報された情報が記録されている。通報の中から、土御門が選んだ物が大狼の携帯へと転送された。土御門が大狼に確認する。


「転送したが行ったか?」

「はい」


 大狼は画面を見ながら返事をした。大狼が、通報の内容を確認していくと、大狼が眉を顰める。土御門がそんな大狼に話しかた。


「大狼に行ってもらいたいのは、足立区の葬儀屋から死体が消えたという通報だ」

「死体が消えるとはどういう事ですかね?」

「分からん。だが普通ではないと、陰陽課に来て欲しいようだ。だが足立区の警察署の陰陽課も忙しいようでな、警視庁の人員を借りたいとのことだ」


 東京都内の事件であれば警視庁の陰陽課は出動することが非常に多くなっている。警視庁から出動するのは、地域の警察署に配属されている陰陽課の人員が少ない事で起きている。


「死体の盗難の可能性もあるという事だと思うのだが、詳しくは分かっていない」

「死体の盗難だとしたら、日本では普通あり得ません。確かに、陰陽課の仕事になる可能性が高そうです」


 死体や死体の一部を使って秘術を行う場合はあるが、日本だと当然のように禁止されている。呪術で使うからと、海外から人の部位を使った道具を輸入しようとしても当然税関で止められる。なので術者が死体を欲しがる場合がありはするが、現代だと代用品があり、日本で死体の盗難までする術者はほぼ居ない。


「狐塚が来たら現場に向かってくれ」

「はい」


 大狼は部屋を移動して、現場に向かう準備をしている。拳銃や手錠など、ロッカーにしまってある警察官が普通使うような道具を装着していく。

 陰陽課も警察官なので拳銃の使い方は教わっているし、装備品として支給されている。一部の実体がある妖魔は、拳銃くらいだと致命傷にはならないが、銃弾を撃ち込めば怪我をする。術者は人間なので当然当たれば大怪我をするので、拳銃は妖魔に使うと言うよりは術者に対して使うことが多い。


「わーお」


 大狼が陰陽課に戻ってきた時に、丁度狐塚も出勤してきたようだ。狐塚は陰陽課の惨状を見て声を上げたようだ。そんな狐塚に後ろから大狼が話しかけた。


「狐塚」

「先輩。これはどうしたんですか?」

「通報が重なったようだ。私と狐塚もこれから現場に向かうぞ」

「分かりました。準備してきます」


 狐塚は荷物を置くと、陰陽課の部屋を出ていった。大狼と同じように拳銃などを取りに行ったのだろう。大狼は狐塚が準備をしている間に覆面パトカーの鍵を借り、土御門と同じようなタブレットを机から取り出し、通報があった場所をタブレットのナビで目的地に設定している。


「先輩、準備できました」

「それでは行くぞ」

「はい」


 大狼と狐塚は陰陽課の部屋から駐車場へと移動して覆面パトカーに乗り込む。大狼が、タブレットを見やすい位置へ置き、赤色灯とサイレンを鳴らして走り始めた。車内で大狼が狐塚に通報の内容を話している。


「死体の盗難ですか」

「そうだ。通報内容は携帯にも転送されているはずだ」

「確認します」


 狐塚は携帯を確認している。大狼や狐塚が通報の確認に使っている携帯は個人用ではなく、署から貸し出されている物だ。陰陽課は必要な道具が多く置く場所がないので、他の部署と違って物を減らすために印刷物を極力減らしている。陰陽課は他の部署から頼られる事はあるが、頼ることは少ないので、電子化が進みやすかったようだ。


「先輩の話を聞いても、通報内容を読んでも、よく分かりませんね。葬儀屋から死体が盗まれたのですか」

「そのようだな」

「死体とはいえ、一人分の大きさを気付かれずに盗めますか?」

「普通は無理だな」


 車内で大狼と狐塚はどのように死体が盗まれたか議論しながら、大狼の運転する車は警視庁のある霞が関から足立区の方向へと走っていく。たどり着いた葬儀屋は、普通の葬儀屋と違い建物の大きさが小さい。小さい葬儀屋の前にはパトカーが何台も止まっている。


「ここか」

「想像していた葬儀屋と違いますね」

「確かにそうだな」


 大狼と狐塚に気づいた警察官が近づいてくる。警察官は大狼と狐塚に応援のお礼を言った後、警察官と大狼、狐塚は挨拶をした。挨拶の後に、警察官が葬儀屋の中に案内して、現在わかっている事を話し始めた。


「葬儀屋が遺体を運び出そうとしたところで、遺体が消えていたと葬儀屋が言っています。遺体を運び込んだのは葬儀屋が覚えていましたが、ここの葬儀屋は監視カメラのような物がないようです」

「監視カメラがない? 一台もないのですか?」

「はい。この葬儀屋は無縁仏を専門に扱っている業者だそうで、盗まれるような物を置いていないそうなのです」


 東京は他の都市と比べて孤独死をして無縁仏となる人の数が多い。火葬などの費用は自治体が負担するが、この葬儀屋は自治体の代行業者として火葬までを行う葬儀屋だったようだ。自治体からの支払いのため口座に直接振り込まれるので、お金は建物内には無かったようだ。


「業者は火葬場が準備する火葬証明書がなければ、請け負った仕事の数に差が出てしまうので、死体遺棄を疑われると慌てて通報したようです」

「なるほど。ですが、建物内に運び込むのですか? 孤独死はすぐに火葬されるのかと思っていました」

「私も詳しく知らなかったので、役所の担当に聞いたのですが、その通りで何もしないで火葬する事が多いようです。この葬儀屋は一度お経をあげてから火葬するので、役所からは評判が良かったと聞きました」

「陰陽課としてはありがたい葬儀屋ですね」

「ありがたい、ですか?」

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