インプを召喚した魔法使い−2

 大狼おおがみ呪術じゅじゅつを使うのに使用する部屋の鍵を借りると、大狼と狐塚きつねづか陰陽課おんみょうかから呪術の道具が大量に置いてある部屋へと入っていく。大狼が失せ物探しに使える道具を取って、祭壇さいだんのようになっている部屋の中央へと向かう。


「先輩は神職しんしょくなのに、神職以外の術を使えますよね」

「狐塚の実家と違って、私の実家は本来神職ではないからな」

「今は立派な神職じゃないですか」

「そうなのだがな。うちの神様は融通が効くんだ。それに神職でも失せ物探しはできるだろ?」

「それを言ったら、うちの神様も融通が聞きますし、失せ物探しは私もできます」


 大狼が狐塚の言葉に肩をすくめた後に、呪術の準備を始めた。地図を広げて、インプを呼び出した枝の残りを地図の上に載せ、物探さがしの道具を使用すると、枝が動き出して一定の範囲を回り始めた。


「広すぎる」

「先輩、元の魔力が少なすぎるんだと思います。私が巫女として失せ物探しをしても良いですが、結果はそう変わらなさそうです」

「仕方ない。それらしいところを調べるしかないな」


 大狼と狐塚が取り出した道具を元の場所に戻すと、部屋を出て鍵を掛け、鍵を陰陽課の元の場所に戻した。大狼は覆面ふくめんパトカーの鍵を借りて、警視庁の駐車場へ移動して覆面パトカーに乗ると、枝の残りが指し示していた周辺に向かい始める。狐塚が携帯の地図でおおよその場所を書き込み、召喚するのに良いと有名な場所を、狐塚はナビの目的地として設定した。


「先輩、後で運転交代します」

「ああ。運転は長くなりそうだ。後で頼む」


 指し示していた場所は本当に広い。インプに逃げられるような魔法使いであれば、場の条件が異界いかい側に転じて不安定になければ、そもそも召喚が成功しない。インプが簡単に召喚できそうな、神社やお寺がない事で場が浄化じょうかされていない、場が異界側に転じていて、召喚の穴場になっている場所を順番に回っていくが、それらしい証拠は残っていない。


「枝に残っていた魔力も少なかったですから、残留している魔力もすでに消えていそうです」

白狼はくろうを連れて来れなかったから、探すのは難しそうだ」


 人間には魔力を訓練していれば感じられるようになるが、そこまではっきりと魔力が分かる人は少ない。だが妖魔ようまには魔力を匂いと感じる場合があり、白狼は匂いをたどれる妖魔だ。しかも匂いを辿れる妖魔であれば、人間以上に魔力を見分ける能力が高いので、臭いを辿ってインプを召喚した魔法使いまで辿り着ける可能性が高い。


「順番に回るしかなさそうだ」

「緊急の連絡が来ない限りは回ってみましょう」

「そうだな、狐塚」


 大狼と狐塚は運転を交代しながら、インプが召喚されそうな場所を順番に回っていく。見た目は普通の空き地だが特殊な井戸が昔あった場所や、日本では珍しい洋館だったりと、長期間の浄化が必要で、陰陽課にも時間がかかるので放置されている場所を、大狼と狐塚は順番に回っていく。


「先輩、県境けんざかいなんですが」

「神奈川県警に連絡しておけば問題ないだろ」

「分かりました」


 陰陽課は人数が少ないのもあって、県を超えて活動する事が多々あるので、事情を説明すれば『陰陽課だし』と、簡単に捜査の許可が出る。陰陽課の人材不足は警察全体での課題だが、簡単に増えるような能力でもない上に、警察官に向いている性格の人が非常に少ない。


「次は…」

「分かるから大丈夫だ」

「え? あ! 相模原は先輩の実家がある近くですね」


 神奈川県相模原市の山の上に大狼の実家である神社はある。神社の神様が浄化している場は広いが、範囲外になっている場所も放置していては妖魔が発生してはいけないと、定期的に大狼の実家がある程度浄化しているのもあり、大狼は土地勘がある。

 ゴルフをしている人からは気づかれないような、ゴルフ場の片隅で大狼と狐塚は魔力の痕跡を探している。


「先輩の家の近くにも結構、浄化されていない場所があるんですね」

「浄化されていないというか、ここらには魔法使いも住んでいるから管理されている場所だ」

「魔法使いが管理している場所ですか、東京周辺では珍しいですね」

「昔、この近くに有名な秘密結社ひみつけっしゃがあったんだ。その名残りだな」


 場が異界側に転じるのは、術によっては使いやすくなるので、あえて場を異界側に転じさせる。だが場の調整を失敗すると妖魔が自然発生するため、一人で管理するのは不可能だ。なので魔法使いや術師たちは秘密結社や団体を作り、集団で管理している事が多い。

 日本以外の国では場の管理が適当で、術師全体が国から追い出されるような状態になってしまい、行き場を失った真面目な術師もいたりもする。そんな術師でも日本では登録をして、真面目に場の管理をしていれば、自由に活動できると各国の術師たちが集まっている。


「周辺だと後は一箇所しか知らないな」

「ではそこに行って帰還しますか。もう結構良い時間です」

「そうだな」


 移動中に狐塚が地図をもう一度確認している。昨日インプと出会ったのは港区で、今いるのは神奈川県の相模原、魔法使いから逃げ出したインプが移動するには遠すぎる距離だ。


「先輩、昨日インプを見つけたのは港区で、今いるのは神奈川県の相模原です。インプが移動する距離にしては遠すぎませんか?」

「初心者だとすると、インプを持って移動した可能性がある」

「インプを持って移動ですか。使い魔を持って移動とは何の為に呼んだか分かりませんね」

「呼んだ意味など無かったのかもしれないな」


 大狼の運転で研究所のような廃墟に車で乗り入れると、大狼と狐塚は車から降りてくる。魔力が分からなくても入ろうとは思えない場所で、一般人が心霊スポットにしそうなくらい雰囲気のある場所だ。廃墟のあまりに酷い場の状態に、狐塚が青ざめた顔色で大狼に尋ねている。


「先輩、なんですかここは? こんなに場が異界側に転じていたら妖魔が自然発生しますよ。放置している訳ではないのですよね?」

「放置してない。全力で浄化してもこれが限界でな。妖魔が自然発生するので、巡回して妖魔を倒している。妖魔が発生しないで済むくらい浄化されるのは当分先だ」

「世界でも日本は場が異界側に転じている場所が少ないと言われているのに、なんで東京にも近いこの場所に、こんな所があるんです?」

「ここは、ウイッチクラフト研究所だった場所。悪魔召喚の跡地だ」

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