第3話息子

私は義兄の車で家に帰った。んだと思う。


息子からLINE。「◯時◯分に駅に着く。おむかえお願いします。」「了解、いつもの橋ね」

帰ってくる時間だ。

義兄が、俺から話そうか?と言ってくれた。でも、それは私がやらなきゃいけない。「大丈夫です。」

駅まで義兄に乗せてもらい、駅から出てくる息子をみつけて、私は車から降りた。

「お帰り」

iPodを外した息子は、我が家ではない車、運転席の義兄を見て、「どうしたの?」と、苦笑いで聞いた。

「パパ死んだ」

息子の第一声は、うそでしょ?

唇が震え、涙を堪えられなくなった私をみて、息子は何も言わなかった。

後部座席で家に帰るまで、息子は自分の太ももを拳でずっと殴りながら、くそーっ、なんで、くそーっと数回言った。

彼もまた後悔の渦に飲み込まれて行った。


彼がこの先一生忘れられないこの言葉、それを言った私の顔、情景、橋。最愛の父の死を伝えるのは私でなければいけなかった。

多分、パパも同じ思いだから。


家に着くと息子はノートを探し始めた。それは、パパが何かあったらこれを見ろと、息子に託したノートだった。自分に何かあった時にしなければいけないリストをパパは18歳の息子に託していた。おそらく数年前に。何歳の時に渡されたのだろう。息子は、「これをこんなに早くに見なきゃいけないなんて思ってなかった」と言いながら、一つずつ確認していた。彼は泣かなかった。それを見て私は我に返った。しっかりしなきゃいけない、この子たちのために、しっかり!


息子が泣いたのは翌日の夕方、生まれた時から彼を知るスタッフが他のみんなと、ようやく病院から帰ってきたパパに会いに来てくれた時だった。彼女の顔をみて、小さい頃のように息子は泣いた。

ただ、息子はそれきり私の前では泣かなかった。


葬儀の日、家からパパが運び出されるのが私には耐えられなかった。だって、今出て行ったら、二度とパパは帰って来ない。泣き叫ぶ私に息子は困ったようで、姪っこを呼びに行った。「ママが泣いてる」

そう、こんな母だから、息子は泣けないんだ。今ならわかるが、その時の私は、ただただ白黒の世界に1人でいるようだった。あんなにもたくさんの人が支えてくれていたのに。何も見えていなかった。


パパは、毎日「行ってらっしゃい」と一緒に子供を見送った玄関から何も言わずに出て行った。

姪っ子が私に寄り添って支えてくれた。大丈夫だよと。準備して私たちものぶ兄ちゃんとこ行こう、と。そうだ!パパを1人にできない!行かなきゃ。


それから半月後くらいだろうか、夜おそくに息子が顔を引き攣らせながら、ママ、と一言二言、言葉を絞り出しながら話し始めた。これまで何よりも最優先にしてきた大好きなサッカーを、今はなんでかわらないけどやりたくない、やる気になれない、何も。こんな気持ち初めてでよくわからない、どうしていいかわからない。勝手に涙がでて止まらない!と、息子は声にならない声で泣き始めた。私は何年ぶりかに息子を抱きしめた。それしかできない。「そうだよね。当たり前だよ。そうだよね。」私が言えたのはそれだけだった。彼を引き上げ救える言葉なんて、何一つ言えなかった。


その翌日、彼は、かわいがってくれているサッカーの師匠たちに山中湖へ釣りに誘われ連れて行ってもらった。父が亡くなったことはその人たちは知らない。父の死を知らない人と、父と共に歩んできたサッカーをしない数日間で、息子はまたサッカーに向き合う決心をして帰ってきた。パパが師匠たちにこっそり頼んだ釣り旅行だったのかもしれない。

息子には間違いなく必要な数日間だった。


ずっと思っていたのだが、本当に息子は周りに恵まれている。私と同じである。

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