2023/12/23

「柳さぁん、お待ちになってぇ」

 背後から通子さんの声が聞こえてくる。冗談じゃない、待ってたまるか。スリッパを脱ぎ捨て、靴下だけの足で冷たい地面を踏んで走った。玄関、どっちだったっけ? やばい、テンパってきた。

 そのとき閃いた。上に逃げよう。ちょうど前方に現れた手近な庇をジャンプして掴み、その上によじ登った。残念ながら内鍵がかかっているのが見える。おれは庇と出窓のでっぱりの隙間に体をねじ込んだ。こうしていれば、下からは見えないはずだ。なんとか隙を伺おう。

「柳さぁん?」

 通子さんの声だ。案の定、おれの姿を見失ったのだろう。探している。ザッ、ザッという足音が近づいてくる。

「柳さぁん。どちらにいらっしゃるのぉ?」

 ザッ、ザッ、ザッ、

「柳さんの脚が、めりくり様の従者の御御足になるんですのよ? 素敵だと思いませんこと? とっても名誉なことだと思いませんこと?」

 思わない。全っ然思わない。

 ていうか通子さん、これって相続とか全っ然関係なくて――マジでめりくり様のためなのか? 

 狂信者がめりくり様の伝承を真に受け、そのために人を殺してきたってことか……? だったらコレ、見立て殺人とは言わなくないか!? まぁでも今そんなこと言ってる場合じゃない。

「心配なさらないで。私、これでも多少武芸の心得がございますの。一瞬で楽にしてさしあげますわ。杉二郎お兄様は一人目でしたから少し手間取りましたけど、お父様はすぐでしてよ」

 通子さんの口調は普段とほとんど変わらない。それが余計に怖い。おれは必死で息を殺した。

「感謝してますのよぉ、柳さん。あと一人をどうするか、私本当に困っていましたの。でも御託宣があったのなら、それに従えばいいだけの話ですわねぇ。だって雨息斎先生は、本物の霊能者でいらっしゃるんでしょ?」

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ

 さっきよりも声と足音が近い。

 ぴたり、と足音がやんだ。

「柳さぁん」

 通子さんがおれを呼んだ。

「足跡がこの辺で途切れてましてよ。どちらにいらっしゃるのかしら?」

 うわ、足跡のこと完全に忘れてた……おれはアホか……。

「森の梟が言うことにゃ……」

 急に通子さんが歌い始めた。このタイミングで変なわらべ唄、止めてくれ……!

「むかし怒った神様がぁ、ひとり殺して首をとりぃ、二人殺して腕をとりぃ、三人殺して……」

 なんでそんな物騒なわらべ唄残ってんだよ! そんなとこまでテンプレの村なのか――つっこみたくて仕方なかったが耐えた。と、おれが隠れている庇が、体の下で揺れた。

 庇の縁に手斧が食い込んでいた。

 その隣を、びたん! と白い手が叩いた。

 次いで頭が持ち上がってきた。長い黒髪を乱した通子さんが、おれを見てにたりと笑いながら、

「みいぃつけたぁ」

 と言った。


 詰んだ。

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