2023/12/22

 通子さんの動きがスローモーションに見えた。こういう現象って何か名前ついてたっけ? なんて自分の中の呑気な声が聞こえる。ていうか待って? どういうこと? もしかして通子さんが殺したのか? 自分の兄と父親を? そりゃ相続のことを考えれば動機はなくもないけど、いや、えっ? そうなの? なんでおれは殺されようとしてるんだ?

 ガンッ! と大きな音がした。部屋が狭いのが幸いして、通子さんの手斧が近くにあった戸棚に当たったのだ。その音で我に返ったおれは、とっさに振り返ってドアの外に逃げようとした。が、開かない。後から考えれば、内鍵をかけられていただけなんだから普通に鍵を開けたらよかったのだが、このときはテンパリすぎておれもちょっとおかしかった。

 「嘘ぉ!? 開かねぇ!」

 そう言ってガチャガチャやっていたおれの背後で、空気が動くのがわかった。

 それでとっさに右側に避けていなければ、たぶん死んでいただろう。上体を倒したおれのすぐ横を、通子さんの斧が通過していった。斧は木製のドアに深く刺さり、通子さんはおれに構うよりも先にそっちを何とかしようと斧の柄を引っ張る。

 その隙に、おれは思い切って部屋の奥に逃げた。

 部屋の突き当りには正方形の窓がある。大きな窓じゃないが、おれの全身が通れないほど小さくもない。ビビリで小心者で頭もあまりよくないおれだが、ひとつだけ取り柄がある。つまり、運動神経にはけっこう自信がある。趣味はパルクールだ。

 おれは壁を蹴って飛び上がると天井の照明をつかみ、振り子のように勢いをつけてドロップキックで窓ガラスにつっこんだ。これで割れなきゃ万事休すだが――窓ガラスは割れた! おれはそのまま外に飛び出した。

「うおっ! さっっっむ!」

 いつのまにか雪がちらついている。足元は来客用のスリッパだし、コートも着ていない。でもとりあえず逃げられた。玄関から屋敷の中に戻って皆がいるところへ行けば……!

「柳さん、お待ちになって!」

 場違いに上品な声と共に、頭上から割れたガラスが降ってきた。見上げると手に斧を持った通子さんが、ギラギラ光る目でおれを睨みつけているところだった。嫌な予感がする――と思ったそのとき、通子さんが窓から飛んだ。

「うわわわわわ、嘘だろ!?」

 二階とはいえ大きな屋敷だ。何の訓練も受けていない和装の女性が早々飛び降りられるような高さではないと思っていたのに、何てことだ……。

 おれは後ろも見ずに駆け出した。とにかく屋敷の中だ! 皆がいる辺りに戻って、あと警察も呼んで――あっ、警察って今来られないんだっけ。大丈夫かこれ。大丈夫じゃないな? 詰んだか?

 なんて冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか!

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