2023/12/21

「あらっ、柳さん!」

 おれが追いかけてきたことに気づいた通子さんは、振り返って嬉しそうな声をあげた。この人、相当変だけどやっぱり美人ではあるんだよな……などと考えながら「ど、どうも」などとヘラヘラしていると、

「柳さんが来てくださったのなら、ちょっとお手伝いをお願いしたいことがありますの。氷は後回しでいいわ」

 と、おれを厨房ではないところに連れて行こうとする。

「あのぉ、どんなご用事ですか?」

「あとでお話ししますわ。すみません、こちらに」

 で、到着したのはなんと、さっき見せてもらった通子さんの部屋である。「どうぞどうぞ」と言われるままに部屋に入ると、通子さんは後ろ手にパタンとドアを閉めた。

 物置を改造したとかいう、とにかく小さな部屋だ。二人でいると距離感がバグる。めちゃくちゃ近い……さっきも言ったとおり通子さんは美人だし、飲まされたアルコールが今になって体内を駆け巡っているような気分になってきた。

「な、なんでしょうか通子さん」

「あの、さっき先生がおっしゃったこと、本当でしょうか……」

 通子さんが気にしているのは、めりくり様の祟りのことだろう。上目遣いでこちらを見つめる顔は、おれのことを心配してくれているように見える。

 えーと、どうしたものか。おれの立場では先生の霊能力を否定することはできない。でも通子さんに「先生の言うことは当たりますよ!」と言ってしまうのもなぁ……「おれ死にますね!」と言ってるのと同じことだもんなぁ……。

「えーと……まぁその、先生のああいうのは当たりますけどもー、まぁ、うん、しかし、結局なんだかんだで上手い具合に納めてしまうのが先生というか、ハハハ」

「当たることは当たると?」

「ハハ……まぁ、ハイ」

 言っていておかしいとは思うのだが、これが精いっぱいの苦し紛れだ。

「そうですのね……でも不思議だわ、めりくり様はこの村だけの神様なのに、村民でもない、外から来た柳さんを生贄に指名するなんて」

「そうですね……」

 本当だよ。先生がいい加減なことを言ったおかげで、おれは今まさに変な汗をかくハメになっている。

「一人目は杉二郎お兄様、これは祠を壊した張本人ですから当然でしょう? その杉二郎お兄様に車を買い与えたのはお父様で、これもまぁ当然。ほかに関わった人間はとりたてていないのですけど、でもめりくり様の祟りは三人に降りかかるものと言い伝えにありますでしょ……本当に柳さんが三人目でよろしいのかしら……」

 などと言いながら、通子さんはいきなりベッドをごそごそいじり始めた。

 どういうこと? なんか嬉しいとかラッキーとかないんだが。むしろ恐いんだが。

「は、はぁ。まぁでもその、託宣ですから」

「そうですわね。神様の意志を人間が汲もうだなんて、愚かな行いかもしれませんわ。祖母は先生は凄い方だと申しておりましたし、ネットの評判もいいみたいですし、その上助手でいらっしゃる柳さんもそう仰るのなら、三人目はやっぱり柳さんなのかもしれませんわね」

 そう言いながら通子さんが布団の下から取り出したのは――べっとりと血がついた手斧だった。

「おあ!?」

 思わず声を上げたおれの正面で、通子さんが斧を振り上げた。

「私に直接託宣を下さったらいいのに。めりくり様のいけず」

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