2023/12/13

 とりあえず通子さんを言いくるめることには成功したらしい。よかった――おれはほっと一息ついた。

 それはともかく、先生はどこに行ったんだ? やっぱり探した方がいいのだろうか……などと考えていたら、ノックの音がした。

「あら、誰かしら」

 通子さんはマジで人を疑うことを知らないのか、一応「この中に殺人犯がいるかもしれないんだぞ!?」的な状況なのに、平然とドアを開けてしまう。

 幸い、そこに立っていたのは血みどろの斧を持った殺人鬼などではなく、着物を着た小柄な老婆、織江さんだった。そういえばさっき「祟りじゃー!」とテンプレの台詞を聞いたっきりだったな、この人。おれが結界張るあたりでスーッといなくなってた気がする――元々はこの織江さんの依頼で来たはずだったのに、全然話したりしていなかった。

「おお、通子。ここにおったか」

「まぁお祖母様。どちらにいらしていたの?」

「すまんのう。推しの配信をリアタイしとうてな……ネット環境が悪すぎて冒頭しか見られんかったが、スパチャはできたわい」

「まぁ、お祖母様ったら。推し活に余念がありませんのね」

 織江さんもずいぶんマイペースだな。血筋か?

「おや助手のかた、やはりこちらにいらっしゃったか」

「柳さんですわ。とても親切な方で、私に付き添ってくださっているのよ」

「ほう。通子は心配いらんような気がするが……ところで柳さん、わしゃ雨息斎先生にちと頼まれての」

 通子さんに「親切」などと言われて喜んでいたら、急に織江さんに話しかけられたのでビクッとしてしまった。

「あっ、ハイ! な、なんでしょう!」

「柳さん、ビビりじゃの〜。先生じゃが、ちと別の部屋におるのでな。わしが運動がてら知らせに来たというわけじゃ」

「はっ、それはすみません。わざわざ……」

 わざわざ伝言を頼むってことは先生、自分では動けないのか? 一体何が起こっているんだ……。

「ま、柳さんと通子もいらっしゃい。ああいうことは人数が多いほうがええ」

 何やってんだマジで。

 織江さんに招かれて、おれと通子さんは応接間を出、別の場所を目指した。奥の方に客用の食堂があり、二人はそこにいるという。もう建物の規模がちょっとしたホテルじゃないか……。

「お祖母様、一体どうなさったの? 先生は……?」

「まぁまぁ。ちっとついて来なさい」

 織江さんは案外歩くのが早い。広い屋敷の中を移動し、キッチンの近くの部屋に移動した。

「ここじゃここ。入るぞえ」

 織江さんはそう言うと、重厚な扉を開けた。


「……でねぇ! 苦労したんですよぼかぁ!」

「でしょうねぇ! いや〜本当に偉い! よくがんばった!」

 先生が見知らぬ男と二人でテーブルを囲んでいた。二人の前にはウイスキーが入ったグラスが置かれており、男のグラスの中身が減ると先生がすかさず酒と氷を足す。

「ありがとうございます……僕は誰かに……話を聞いてほしかったのかもしれません……」

「うんうん、そうでしょうとも。今日はねぇ、何でも話してくださいよ。おっ、柳くんじゃないか」

「何やってんすか先生……誰ですか? それ」

 緊張していたところ、予想外に楽しそうなところに出くわしてしまったので、おれは肩透かしを食った気分だった。ていうか先生自身はあんまり飲んでないな。ビジネス飲み会だコレ。

「ああ、田中さんだよ」

「田中さん!?」

 あのマスクの男か? おれは驚いて田中さんの赤ら顔を見た。酔っ払いだが、こちらを見て「あっども」と言うくらいには正気である……ていうか写真で見た杉二郎氏でもないし、マジで知らん人だな!? 誰だよ!

 

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