2023/12/12
おれと通子さんは応接間の中に入った。いくら広い家とはいえ、客を通すだけみたいな部屋にそうそう隠れるようなところなんてない。スマートフォンに何か連絡がないか――と思ってみたが、通知どころか圏外になっている。嘘だろ? 圏外。あるのか、いまどき……なんで金持ちのくせにこんな不便なところに家建ててんだ。
「先生、どうされたのかしら? 紅茶が飲み頃ですのに」
通子さんは無邪気に首をかしげている。おれは「トイレですかねぇ」と言いながら(さては単独行動してるな)と予想した。
先生、おれに何も言わずに行動するとき普通にあるからな……まぁ、まさか被害者になってるなんてことはないだろう。あの先生のことだ。
というのも先生、柔道かなにかの有段者で相当強い。除霊とかなんとか言いながら普通に大の男を絞め落としてたのを見たことがある。ていうかおれも一回投げられたことあったな……うん、ほっといても大丈夫だと思う。
「あら、紅茶が飲み頃ですわ」
通子さん、マイペースである。
紅茶ができてしまったので、先生はいないがいただくことにした。言いつけ通り通子さんに張り付いているんだから問題はあるまい。
おれは紅茶のことはまるで知らないが、通子さんが淹れてくれたものは渋みがなくて飲みやすい。部屋は豪華だし、なんだか高級ティーラウンジにでも来たような気分だ……まぁ、同じ屋根の下で人が死んでるのだが。どうすりゃいいんだろうな、あれ。おれが心配してもしょうがないか。
「あの、柳さんに折り行ってお聞きしたいことがあるのですけど」
ソーサーに自分のカップを置き、通子さんが改まった様子で口を開いた。
「な、何でしょう?」
「……先生は、その、本当にお力をお持ちなのでしょうか。神の祟りを防ぐといったようなことが、おできになるのかどうか……」
「うっ」
できません。
とは言えない。
しかし、人を疑うことを知らなさそうな通子さんに、そんなことを聞かれてしまうとは――いや、まぁ、正直わかる。胡散臭いといえば相当胡散臭いもんな、あの人。
しかしこれ、正直に答えるわけにはいかんよなぁ……先生ならこういうとき、山程適当な言い訳が出てくるのだが。
「えーと……その、も、申し訳ないのですが、私にはちょっとその、わかりかねまして。その、そういう力がないものですから」
「あら、助手さんは結界を張れますのに?」
「あっ、いや! まったくないというわけではなくてですね、ハハハ……いやその、でもホントあんなのは簡単なヤツでして、その、先生がなさることというのはですね、ハハ、おれなんかにはよくわからない……ことが……多くて……その、あのー、ふだんこんな神様の祟りをどうのこうのなんて、やることありませんからねぇ、ハハハ……」
情けない……もうダメだ、ダメダメだ……。
通子さんはしどろもどろになっていくおれを、大きな瞳でじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「――ということは、助手さんにも予想ができないほど難しいことなのですわね! やはりめりくり様はおそろしい力をお持ちなのだわ……」
よ、よかった……なんとかなった……のか……?
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