2023/12/08

「それじゃ、玄関へ参りましょうか。私がご案内しますわ」

 通子さんが立ち上がり、応接間のドアを開けようとした。そのとき先生が「ちょっと待ってください」と声をかけた。

「どうかなさいまして?」

「ええ、ちょっとね」先生は営業用の笑顔を通子さんに向けると、ぱっとこっちを向いた。

「柳くん、通子さんの代わりにドアを開けてくれ」

 そういう声は爽やかだが、おれを見る目は冷たい。

「へ? な、なんすか急に」

「いいから」

 こういうときに逆らって成功した試しはない……嫌な予感がするがあれこれ考えるのはやめた。本当に危険なら先生だってそう言うだろう。たぶん。

 おれはドアの前に立つと、思い切って勢いよく開けた。

「わっ!」

 悲鳴があがった。ドアのすぐ外に男が立っていたのだ。内開きのドアだから、部屋の中に転がり込みそうになって、あやうく踏みとどまっている。

「ひゃあああぁ」

 おれも驚いたので情けない声を上げてしまった。いやほんと、何かと思った――というのもその男、なぜか頭部をすっぽり覆うような、白い布製のマスクをかぶっていたのである。

 気味が悪い扮装に危うく腰を抜かすところだったが、通子さんは平気な顔で「まぁ、田中さま。どうかなさいまして?」と声をかけた。

「タナカ?」

「ええ、次兄の友人だそうですの。昨日この村にいらっしゃって、次兄が亡くなったことをお伝えしたら、葬儀に参列したいとおっしゃるので、逗留していただいているのですわ」

「た、田中一郎と申します」

 マスク男はくぐもった声で名乗った。なんて偽名っぽい名前なんだ……。

「何かこの部屋にご用でしたの?」

「い、いえ、このドアの素材がですね、大変よいものを使っていらっしゃるなと思いまして。ええと、こ、ここの彫刻も素晴らしいですね……」

 田中氏は必死で「自分はドアを見ていただけ」アピールをやり始めた。通子さんは例によって例のごとく「まぁ、そうでしたの! どうぞお好きにご覧になってくださいな」などと言っている。

「先生……あいつ絶対盗み聞きしてましたよね」

 小声で尋ねると、「まぁそうだろうな」と返事があった。

「先生、わかってておれにドア開けさせましたよね?」

「当たり前じゃないか」

 だろうと思ったよ。

「てか露骨に怪しすぎないすか……? なんすかあのマスク」

「テンプレ的に怪しいな。名前も恐ろしく偽名っぽいし」

 小声で話し合っていたところに、通子さんが戻ってきた。

「お待たせしました。ではお外へ参りましょう!」


 玄関にはすでに番頭さんがいて、おれたち三人のコートを手渡してくれた。まるでホテルのクロークである。

「お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ」

「大丈夫よ、伴。ちょっと庭先へ出るだけですもの」

 で、おれたちは通子さんに連れられて外に出た。

「ちょっと庭先」というにはあまりに広い。都会のコンパクトな建売住宅なら、この庭先に三軒くらい建てられるのではないか。植木はよく手入れされ、何本もの松が見事な枝ぶりを見せている。これだけの庭だ、きっと庭師が入っているのだろう。

「祠はあちらですの」

 通子さんがてのひらで指し示した先に、それらしきものがあった。

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