2023/12/07

 先生が「どうぞ」と声をかけると、「失礼いたします」と返事があってドアが開いた。通子さんが立っていた。

「先生がた、お加減はいかがかしら? お疲れになったでしょう」

 本当に心配してくれているらしい。なにせ通子さんは、おれが結界を張ったと信じているらしいのだ。だまされてくれるのはありがたいが、心苦しい。

「ありがとう。もう大丈夫ですよ」

 先生はそう答えて通子さんにニコッと微笑みかけた。お手本みたいな笑顔だ。先生、おれよりもよほど役者に向いていると思う。

「それはようございましたわ。あの、ところで先生」

 通子さんは遠慮がちに話しながら、空いている席に腰をおろした。

「――本当でしょうか……その、めりくり様の祟りって」

「うーん、お答えするのは難しいですね」

 先生は口元に手を当て、考え深げに唸ってみせる。

「我々はそもそもめりくり様という神様のことをよく存じませんのでね……なにか怖ろしい力を持ったものの形跡があるとは思いましたが、それが何であるかは判断に迷うところです。しかし……」

 とフワフワしたことを言いながら通子さんの表情をうかがう。「荒ぶる神の仕業であることも、十分考えられると思います」

 ここまでフワフワということは先生、どうやらまだ落とし所が決まっていないらしい。来たばかりだし当然か。

「先生は慎重でいらっしゃいますのね」

 と、通子さんはひとを疑うことを知らない。

「通子さん。よければ、我々にお屋敷全体を拝見させていただけませんか? ほかにも形跡が残っているかもしれませんから」

 先生はなおも適当なことを言いつつ、どうやら屋敷の中を調べるつもりらしい。通子さんに否があろうはずもない。

「ええ、もちろん。私でよろしければご案内しますわ!」

 チョロい。あまりにもチョロい。あと父親を亡くした直後のわりにはけっこう元気だ。

「あら、私うっかりはしゃいでしまいましたわ。次兄も父も、お恥ずかしながらいい死に方はしなさそうなドクズでしたので、正直いなくなってホッとしておりますの」

 な、なるほど……このひとも素直が行き過ぎて大概だな。しかしそういうことなら、被害者ふたりは何かと他人から恨みを買っていたことだろう。

「まずは外の祠の跡をお見せするのがよろしいかしら……あっもしもし伴?」

 と、通子さんは壁にかけてあった子機で電話をかけはじめた。「ちょっと外に出ますから、玄関にお客様がたと私の上着を持ってきておいてちょうだい」

『承知いたしました』

 受話器の向こうから、微かに番頭さんの声が聞こえた。屋敷が広すぎるという理由で、各所に内線電話が設置されているらしい。

「このあたり、電波が悪くて携帯電話のたぐいがあまり役に立ちませんの」

 それって電話線切られたら、いよいよ完全に陸の孤島になるってことじゃ……いや、いくらなんでもそれはまさか。いかにテンプレ村だと言ってもまさかだよな……。

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