2013/12/06

 先生、本当に一人で部屋に入っていってしまった……どうしよう。

 とにかく、おれの持ち場はここだ。勝手に離れることは先生の手前できない。

 おまけに通子さんがキラキラ輝く瞳でこちらを見つめている。その後ろでは伴さんすらも同じような表情でおれを見ているではないか。勘弁してくれ。

「あの……結界、どうやって張りますの?」

 通子さんが興味深げに尋ねる。めっちゃ期待されてるじゃないか……。

(参ったな……もうやるしかない……!)

 どうせ一度はかいた恥だ。腹を括るしかない!

「じゃ、じゃあ張りますので!」

 おれは部屋の前に立ち、通子さんと伴さんを背中にかばうような向きになった。それから両手を伸ばし、俳優志望だった頃を思い出しつつ「結界!」と叫びつつ、特撮ヒーローの変身ポーズみたいな動きをとった。

 どうだ!?

 昔取った杵柄で、そこそこキレのある動きができた、と思う。動きだけは……急に恥ずかしくなってきた。どうなんだこれ。誰か助けてくれ――

「まぁ! 今のが結界ですの!? すごいわ!」

 通子さんが大きな声を上げた。「そういえばどことなく空気が清々しくなったような気がいたしますわ! 助手さんってすごいのね!」

 ええ~……絶対気のせいだよ。実際番頭さんの方は首を傾げているじゃないか。

 通子さん、すごく騙されやすい人なんじゃないだろうか。心配だ――とはいえ、ウケたことには素直にほっとした。

「あの、助手さん。さっきお名前、柳さんと呼ばれていらっしゃいましたっけ?」

 通子さんがおれに話しかけてきた。おれは「そうです」と答えた。

「ありがとうございます。私も伴も、助かりましたわ」

 そう言って、通子さんは花のように微笑んだ。やっぱりこの人のことが心配だ……とはいえ、いやな気分ではなかった。


「ちょっと先生! 無茶ぶりが過ぎますよ!」

「いいじゃん。美人のお嬢様にはウケたんだろ?」


 先生は平然とした顔で、出されたコーヒーを飲んでいる。

 天婦礼家の応接室である。現場の探索を終えた先生が「少し休憩したい」と言ったので、とりいそぎこの部屋に通されたのだ。

「めちゃくちゃ焦りましたよ……」

「なんでだよ。あれ新ネタじゃないじゃん。前もやってたじゃん」

「それでも焦りますよ! てか別に持ちネタじゃないし!」

 まぁまぁ、と軽くなだめられた。

「いいじゃねーか。テンプレどおりだったら通子さん、どう見てもメインヒロインだろ? 最重要人物じゃないか。そういうわけで柳、今後もなるべく彼女にくっついててくれ」

「ふえぇ? 先生は?」

「俺が貼りついてたら自由に行動できないだろうが。それにマジで惚れられると面倒なんだよ」

 イケメンはそういう心配もしなきゃならないのか。すげぇな……そんなことを考えながらおれもコーヒーに口をつけた。よくわからんが高いやつだと思う――

 そのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

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