1.5の殺人
14
わたしが属する
そこでご住職は四国から人の多く集まる関東へと移り住み、教琳寺院を建て、その寺を取り囲むように八十八の石を置くことにしたのです。ひとつひとつ経を唱えながら丁寧に設置されたその石の噂は瞬く間に広がって、煩悩を取り除く利があると、こぞって人々は小さなお遍路を巡りに教琳寺院を訪れました。
——突然、何の話を始めたのかとお思いでしょう。ですがこの教琳寺院の成り立ちは、殺されてしまった
『……もう、手がありません。助けてください』
か細い声で呟きながら教琳寺院の鈴を鳴らす女性は、二月に入ってから一日も欠かさずに石で造られたお遍路を逆打ちで回っておられました。
逆打ちというのは、通常四国八十八ヶ所霊場を一から八十八まで順に回る遍路を、逆に八十八から一へと逆に巡ることを指します。この逆打ちは、四年に一度訪れる閏年に実行すると、そのご利益が三倍になると言い伝えられているものでした。
雨の日も、気温が氷点を下回る極寒の日も、女性は唇を紫色に染めながら石を巡ります。いくら寺一周分とはいえ、まともに経を唱えながら巡れば一時間以上は掛かる。その逆打ちをとぼとぼと拙い足取りで歩く女性に、わたしはある日とうとう声を掛けました。
『これから雨が強くなる予報ですよ。今日の逆打ちはおやめになられた方が』
『大丈夫です……私にはもう、こうして仏様に頼むより他に方法がないのです』
『ならばせめて靴をお履きください。もう、その足はボロボロではありませんか』
女性の足は切り傷で黒ずんでおり、爪も所々欠けて剥がれておりました。そんな様子に顔を顰めれば、女性は虚ろな眼差しでわたしを見つめます。
『靴を履いたら、主人は帰ってきますか? この逆打ちをやめたら主人は私の元に帰ってきてくれるんですか? 警察に行っても何にもしてもらえないんです、もう、うちへ帰ってこなくなって三週間も経っているんですよ!』
女性はわたしの腕を掴みました。その小さな手は震えていて、わたしの二の腕に指が食い込みます。
『浮気とか、失踪とか、おかしいよ……あり得ない。居なくなる前日まで、私たちは幸せに笑い合っていた。出勤するその瞬間まで彼はちゃんと私たちの家族だったんです!」
『どうか落ち着いて。話なら聴きますから、一度屋内に入りましょう』
わたしがそう言って背をさすれば、女性は大声をあげて泣き出してしまいました。同時に、空からもぽつぽつと雨粒が落ちて。
『……主人は、きっともう死んでいるんです』
『え?』
『殺されたんです、あの男に。どうか、どうか見つけ出して。お願いですから。何でもしますから。
女性は大きく膨らんだお腹を両手で包みながら、その場にしゃがみ込んでしまいました。
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