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「それこそ最初は前田清玄まえだきよはるの衝動的な犯行だったのかもしれない。でもあなた方はなんらかの密約を交わし、その全ての罪を浅倉さんが被ることで互いが納得したんです。違いますか?」

 

 私は眉間に思い切り皺を寄せて宗胤しゅういんを睨みつけた。

 私と前田清玄が、共犯? 何を知ったようなことを。あの小心者と私が対等な立場などあり得ない。私は彼より後に入った叶韻蝶会きょういんちょうかいで、彼よりも早く出世した。女性との色恋や背伸びした高級志向で承認欲求を満たすことにしか興味のない男と違って、私は粛々と自分のやるべきことを——人生をこなしてきたのだ。

 その私が彼と共犯だなんて。こんな屈辱は久しぶりだった。

 

 私は鼻から思い切り息を吸い込む。ふるふると頬を小刻みに揺らしながら目一杯肺に空気を取り込むと、胸の内に溜まった鬱憤うっぷんと共に盛大に口から吐き出した。

 

「私が、黒函くろはこ莉里りりを殺したんです。スマホを破壊したのも手首を切り落としたのもそれを網で焼いたのも、全部私がやったんだ」

「浅倉さん。あなたが押した報知ベルのボタンは店のどこにありましたか」

「そんなの覚えていません」

「焼肉店にベルを鳴らすボタンは二つしかないんです。一つは厨房の壁、そしてもう一つは入り口を出てすぐの壁。つまり店内にいるあなたがボタンを押すことは出来ない、どうやっても無理なんです」

「だったら! 誰かが悪戯いたずらでボタンを押したんじゃないですかね! 私は運良く機会に恵まれて、厨房から包丁を盗み出すことに成功して、それで」

「目撃者が居たんです。あの日、あの焼肉店の入り口前でボタンを押している男を見たという目撃者が。その男の風貌は前田清玄によく似ていた。しかしその目撃証言は見事に揉み消された。あなたが、罪を認めたからです」

 

 ……目撃者?

 

「人の記憶は時が経つにつれて曖昧になります。消えた部分を補填したり、時には捏造したりして、人間の頭は辻褄を合わせていくものなんです。あなたも仰っていましたよね? 薄れた記憶を引っ張り出さなければ、と」

 

 舌がざらつく。カップに視線を落としても、もう紅茶はとっくに底で干からびていた。

 

「しかし。浅倉さん自らが振り返った人生の記憶は、一言一句“記録”とたがわなかった。鮮明すぎるんですよ。最初から今まで、あなたは脳内の台本をなぞり続けています。それはどうして? 答えは簡単だ。嘘、だから」

 

 宗胤の声は私の耳に届くまでにその形をいびつに崩し、顳顬こめかみ辺りに当たってはボトボトと地面に落ちていく。言葉が不快に頭を小突いて、私は無意識に口を半開させていた。

 

 今更蒸し返したところで意味がない、そうどれだけ伝えても、この男は人生の振り返りだからと追求を諦めてくれはくれない。いっそ残りの時間、無言を貫いてときを潰すのもひとつの手だとも思う。そもそも宗胤は本当に教誨師なのか? 爆弾を爆発させる意図は何だろう。爆弾が爆発し、私と宗胤が死ぬことで利を得る人間は誰だ? それこそ宗胤が被害者遺族なら、私と共に死ぬことで溜飲が下がるのか。


“ お前は俺が何をしたいか理解できないままモヤモヤして過ごせ。お前に出来ることはそれだけだ”


 ——宗胤の低い声がこだまして、頭が揺れた。喉の奥がギュッと締め付けられて、血の気がどんどん引いていく。こんな屈辱な時間を、私はあと一時間も続けなければならない。

 

「……そういえば浅倉さんはラピスラズリがお好きだとか。五月の誕生石でしたっけ」

「違う、ラピスラズリはラズライトを主成分とした類質同像るいしつどうぞうの固溶体の半貴石で誕生月は九月と十二月——」

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