事件解明

 深夜、寂れた裏路地に二つの人影が見えた。一人は帽子を目深に被った女性、もう一人は明かりの届かない場所にいる為、全容を窺う事は出来ない。


 女性が落ち着きのない様子を見せる中、暗闇で白い歯を覗かせる謎の人物。奴は既に四人を殺害していた。


 きっかけは一振りの刀を手に入れた事から始まる。鞘から抜き、美しい刀身を眺めていると自分が無敵になったような錯覚を覚えた。それをどうしても試したい衝動に駆られ、最初の犠牲者を生む。


 罪もなき者を一方的に斬り伏せる行為は、今まで感じた事のない快感を与えた。その感触、臭い、背徳感……もはや麻薬に近い。

 

(――駄目だ、もう我慢出来ない)


 女性の背中を眺めながら歩いていたが、辛抱堪らなくなって鞘からを開放させる。


 証拠など残らない。流れた血は全てコイツが吸い取ってくれるから。


 亡骸など残らない。役目を果たしたオモチャは、霧のように消されてしまうから。

 

 それまでの限られた時間、泣き叫ぶといい。痛がるといい。許しを乞うといい。


(私を……喜ばす為にッ!)


「――そこまでだ」


「――――⁉」


 振りかぶった瞬間、不意に上空から男の声が聞こえた。慌てて目線を向けると、そこには不敵な笑みを浮かべる犬崎の姿が。


「すぐに尻尾を出すと思っていたが、案の定だな」


 犬崎はビルの屋上から身を投げる。自殺行為のはずなのに、空中で余裕の回転をしてみせると何事もなかったように地面へ着地。そのまま歩き出すものだから相手は激しく狼狽した。


(あ、ありえない……何なんだ、コイツはッ⁉)


「迫真の演技だったぜ、未夜」


「演技じゃありませんよ! 本当に怖かったんですからぁ!」


 犬崎の元まで走り寄り、帽子を取る未夜。被害者役を頼まれ、嫌々ながら承諾するもやっぱりするんじゃなかったと後悔している。


「それが妖刀村正か。噂に違わず、禍々しい気配を放っていやがる」


「…………⁉」


 ここでようやく自分が嵌められたと気付く。


「最初から、どうもおかしいと思っていたのさ」


 ジリジリと間合いを詰めていく犬崎。


(何を臆する事がある……⁉ 相手は丸腰だぞ!)


「どうやって被害者は人気のない建設現場まで連れ込まれたのかとな」


(標的が男に変わっただけだ! ここで殺す!)


「見ず知らずだとしてをしていれば、相手は言う事を聞くよなぁ……?


昨日は逃げて悪かったなぁ――ニセ警官」


「――なっ……なん、だと……⁉」


 警官姿の男は、激しく狼狽してみせる。


「拳銃から火薬の臭いがしねぇ。よく似せたモデルガンさ。それに何故、制帽を被っていない?」


「……ぐッ…! ぐぐぐ……!」


「警察官の服装着衣は決められている。帽子も被らず外をうろつくとか論外だ。何よりテメェからは、血の臭いが纏わり過ぎている」


「ううううるせぇえええッッ‼」


 偽警察官の叫びを、呆れた様子で眺める犬崎。


「俺を認めない奴等に! 社会に! 鉄槌を下す! 国を守る為の制服なら、俺にこそ相応しい! 俺こそが――正義だぁあああッ‼」


「け、犬崎さん! 危ない!」


 未夜の声が木霊する中、偽警官は犬崎に向けて刀を振り下ろす。意外にも鋭い斬撃で、攻撃を躱した犬崎の前髪が何本か斬り落とされてしまう。髪は地面に落ちるより先、溶けるように消え失せた。


「一太刀でも当たったらヤベェな。それに村正自体が所持者の身体を操ってやがる」


 とはいえ犬崎の脅威にはなり得ない。それ程までにお互いの実力差は離れている。


「腕の一本くらいは覚悟しろよ――」


「何をしている、物の怪」


 聞き覚えのある声がして、バツの悪そうな表情をしてみせる犬崎。


「手を出すなと伝えたはずだが」


 突如として現れた、小柄なシルエット。


「た、鷹倉さん⁉」


 未夜も予想外のゲスト登場に驚きを隠せない。


「なぁに、ただの正当防衛さ」


「手出しは無用だ、下がれ」


「了解だ。ヤバいと感じたら声掛けろよ?」


「抜かせ」


 鷹倉は鞘から刃を抜かぬまま柄を握り締め、前傾に構えたまま上半身を捻る。居合の構えだ。


 構えただけで、凍てつくような緊張感が漂う。これが一流剣士の威圧なのだろうか。


(こりゃぁ、一瞬で決まるな)


 犬崎がそう思った矢先、鷹倉の姿が消え失せる。

――否、正確には消えた訳ではない。消えたように見えたのだ。


 もし犬崎と鷹倉が短距離でも長距離でもいい、走りを競ったとして……鷹倉は一度も勝てはしない。しかし初速――最初の一歩だけの速度で競うのなら犬崎は負けてしまうだろう。剣士の太刀において、この一歩こそ勝負の明暗を分ける。


 金属のぶつかる澄んだ音が響き渡った次の瞬間、

偽警官の身体は空中を舞っていた。


(宝剣を持つ以上、一流の腕を有していると思ったがアテが外れたな……コイツは、超一流だ)


 地面に落下する偽警官。「殺ったのか?」という犬崎の問い掛けに、鷹倉はフンと鼻を鳴らす。


「布都御魂は荒ぶる神を退け、妖しを断ち斬る刀。殺傷の為にあらず」


「これにて一件落着、ですか? 犯人は、このまま警察に引き渡しを――」


「危ない、如月さん!」


 未夜が犯人に近付いた瞬間、偽警官は予備動作もなく立ち上がり手にした村正を振り下ろす。


「未夜ッ‼」


 鷹倉は咄嗟に未夜を突き飛ばす。彼女に怪我は無かったが、凶刃は鷹倉の衣服に触れる。


「怪我はありませんか⁉」


「だ、大丈夫! でも、鷹倉さんが……!」


「こちらも問題はありません!」


 偽警官は尚も右手前上段の構えをとる。


「コイツ……気を失っているのに何故」


「村正が本体を操っている……いわば傀儡だ」


 刀そのものに、そこまでの力があるのに驚く。


「こうなってしまった以上、村正は破壊する」


 息を整え集中力を高めた鷹倉が疾走。先程の一撃よりも遥かに疾い。


 だが、村正も鷹倉の行動を読んでいた。いくら相手が疾かろうと、やってくるのが分かれば脅威ではない。仮に相討ちだろうと新たな宿主に寄生すれば良いだけ。


 村正渾身の振り下ろしが鷹倉を襲う。完璧なタイミング、もし村正に感情があれば勝利を確信したに違いない。


 ――しかし、事実は異なる。


 相手の攻撃を極限まで引き寄せ、鷹倉は横回転で回避。避けの動作を遠心力として攻撃に変え、隙だらけの村正に渾身の一撃を叩きこむ。


 炸裂音に舞い散る火花。妖刀対宝刀、時代に名を残した伝説の名刀同士の勝敗は――。


 村正破壊という形で幕を閉じた。


「神が造りし布都御魂に、断てぬもの無し!」


 折られた切先が地面へ落ちた瞬間、禍々しい気配が薄れていく。江戸の時代から四百年以上続いた伝説が今、終焉を迎える。


「オマエの腕、見せてもらったぜ。大したモンだ」


「……物の怪に褒められても嬉しくは――」


 ぶちっ! ぼいんっ。


 鷹倉が犬崎達に向かって振り返った瞬間、何かが弾け飛ぶような音が聞こえた。服の下に巻いていたサラシが切れたのである。結果、大きく実った乳房が露わとなった。


「「――――ッ⁉」」


「きゃっ……‼」


 鷹倉は今までのキャラを払拭してしまいそうな声をあげて、顔を真っ赤にしながら胸元を隠す。しかし、その細腕では胸元全てを隠しきれない。


「……た、たたた、鷹倉……君……?」


「テ、テメエ……女だったのかよッ⁉」


「そ、そそそそ、それが何か⁉」


 鷹倉は努めて冷静を装いながら告げる。


「女くせぇヤツだと思ったら……まんまかよ……」


「……私より……全然おっきい……」


未夜は何やらショックを受けた様子。


「お、男と名乗ったつもりはない! それに私の通っている学校が女子高なのだから当然だろう⁉」


「男モノの制服を着ていたじゃねぇか!」


「……『こすぷれ』というヤツだ」


「フザけんな! 紛らわしいんだよッ! なぁにがコスプレだ、この野郎ッ!」


「野郎ではない! 私は女だ!」


「じゃあ今度から、忍ちゃんって呼ぶね」


「オマエ、忍って名前なのか? どこまで紛らわしいんだよ! 改名しろ!」


「なッ⁉ 名付けの父を愚弄する事は許さんぞ!」


「コスプレの次はファザコンかよ⁉」


「父……ちち……乳……あッ! 犬崎さんも忍ちゃんの胸見たんですよね⁉ 変態! スケベ!」


「物の怪……貴様、そんな目で私を……!」


「うっせぇ、バカ共!」


「バカ言うほうがバカ!」


 喚き立てる三人の声はしばらく途切れなかった。

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