依頼
――翌朝。校内へ侵入を果たした犬崎は、教室全容が見える樹の上で様子を窺っていた。ホームルーム開始まで五分を切るが、鷹倉の席は未だ空いたままである。
(転入早々にサボりか? 豪胆な奴だな)
とはいえ、こちらは待つしかない。犬崎は今朝、コンビニで購入した新聞紙に目を通す。
『――県にて行方不明者続出。警察は捜索を開始するも未だ手掛かり見つからず』
行方不明者は四人。そのいずれも接点がなく、身代金要求なども無し。
直感だが、犬崎はこの事件と未夜が遭遇した出来事が同一人物による犯行ではないかと踏んでいた。
「直感ってのも馬鹿にならねぇからな――ん?」
誰に伝えるでもなく呟いた、その時。謎の金属音が聞こえた次の瞬間、先程まで座っていた太い枝に無数の小刀が突き刺さる。
「いきなりかよ!」
犬崎は人間離れした跳躍力で、既に隣の樹へ飛び移っていた。攻撃を避けつつ辺りの様子を窺うと、路地裏に身を隠す怪しい人影。飛んできた小刀の角度から考えても、襲撃者に間違いない。
軽業師のように身を回転させ、樹を蹴り上げる力を影は地面を推進力として一気に間合いを詰める。
「――――!」
これには流石の相手も予想していなかった様子。慌てて追撃を放とうとするが、時既に遅し。攻撃体勢を取ったまま、首筋に犬崎の鋭利に伸びた爪が添えられてしまう。
「オマエが鷹倉か。話を聞かせてもらう、拒否権は無ェ」
「物の怪が……図に乗るなよ。こちらは本気など出していない」
名を呼ばれた鷹倉は動揺する事なく、冷たい視線を犬崎へ向ける。
(物の怪か。それに気付くとは相当の手練れだな。何より……)
相手の持つ得物を見て、犬崎は感嘆をもらす。
「内反り、片刃、柄頭に環頭の鉄刀……神代三剣の一振り『
「――ッ! 何故、それを」
日本には『神代三剣』と呼ばれる三振りの宝剣がある。『
布都御魂は
「贋物複製の類じゃねぇ事くらい分かる。だからこそ嘆かわしいぜ。罪もない者を殺す道具に使われちゃぁな」
「私ではない。だが犯人に心当たりはある」
「それを証明出来るモノは、あんのか?」
「無い。私の誇りに賭けて誓うとしか」
「……誇りと来たか。いいぜ、信じよう」
犬崎は両手をあげ、鷹倉への警戒を解く。
「俺は犬崎、探偵業を営んでいる。お気付きの通り、ちっとワケありの身体をしている」
「……探偵業だと?」
「昨夜、遺体の前に立つオマエを如月未夜が目撃したのさ。命を狙われるかもしれないと酷く怯え、俺に相談を持ち掛けてきた」
「やはり、あの時感じた気配は……そうか」
「ああ。しかしオマエが殺人犯でなければ、こちらが事件を追う必要もない。邪魔したな」
そう言って犬崎が立ち去ろうとすると、鷹倉から「待て」と引き止められてしまう。
「探偵は口が硬いという認識で間違いないか?」
「ああ、守秘義務ってヤツさ」
「ならば協力しろ。人探しは得意のはず」
「ふざけんな、タダ働きなんざしてられるか」
露骨に嫌そうな顔をする犬崎に向けて、鷹倉が何かを指で弾き飛ばす。物凄い速度で発射されたものを、犬崎は指二本で掴んでみせる。
「何をしやが――こ、これは……!」
それは梅干しの種ほどの大きさだが、間違いなく金だった。何故そんなものを持っているのか、犬崎は金と鷹倉を交互に見つめつつ無言で問いかける。
「生まれ育った土地で採掘されたものだ。協力するなら、その十倍は渡す」
「ほ、ほぉう……?」
(……どうやら報酬の心配は無さそうだ。しかも未夜の話では、被害者は刃物によって斬り伏せられていたと聞く。鷹倉の持つ宝刀までいかずとも、そちらも良い金になりそうだぜ)
顔がニヤケそうになるのを堪えながら、犬崎は「しょうがねぇなぁ」と言い放つ。
「困っている奴を見過ごせねぇからな! いいぜ、依頼を引き受けてやる」
「そうか。だが依頼内容は、あくまで犯人を見つけるまでだ。手を出す事は許さん」
浅からぬ因縁でもあるのだろうか。だが犬崎もプロである。深入りせず、ただ黙って頷く。
「だが情報は必要だ。事件の状況や被害者の状態など聞かせてもらおう」
「……何故だ? 現場を確認したのだろう?」
「ああ、行ったぜ。だが遺体はおろか痕跡も残されちゃいなかった」
「何だと? そんな馬鹿な……」
信じられんと鷹倉が言うので、二人は直接現場へ向かった。昨夜同様、やはり何も残っていない。
「これは……どういう事だ?」
鷹倉は信じられないといった様子で、遺体のあった床を指でなぞる。
「一時間足らずで死体と痕跡を隠し、現場から離れる事など可能なのか?」
「共犯者がいるとすれば、あるいは。しかし――」
どうもしっくり来ないと犬崎は感じていた。新聞では無差別殺人と取り沙汰されていたが、信憑性は低い。
「まるで怪異だな」
「怪異……鷹倉、一つ聞きたいんだが――」
「おい貴様達、そこで何をしている」
聞き覚えのない声がしたので振り返ると、そこには警察の制服を着た男が立っていた。
「今は授業中だろう、ここで何をしている?」
短く刈り上げた頭をガシガシと掻き毟りながら、犬崎達に近寄ってくる。さて面倒な事になった、どうやって撒いてやろうかと鷹倉に目線を向ける。
鷹倉は犬崎の意図を汲み取ったのか、小さく頷いてみせた。
(おっ、何か良い策でもあるのか? 任せるぜ)
「取り敢えず生徒証を出せ! そこのオマエも身分証を見せ――ぐふっ⁉」
詰め寄られた結果、鷹倉が行った手段とは――峰打ちによって相手を気絶させるというものだった。
「――ちょっ⁉ おまっ……な、何やってんの⁉」
「? これが一番効率的だろう」
「ふざけんな! に、逃げるぞ!」
慌てて現場から立ち去っていた最中、再び鷹倉から声を掛けられる。
「先程、何かを聞こうとしていたな」
この空気の読めなさ感は天然なのだろうかと思いつつ、改めて犬崎は訊ねた。
「―――ってのは、存在するのか?」
「―――か? 結論から言えば存在する。だが、まさか……それが今回の事件に絡んでいると……?」
「あくまで可能性の話だがな」
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