『人斬呪刀』編
ある建設現場の一角から、何かの滴り落ちる音が聞こえた。現場にいる者でしか嗅ぎ取る事が出来ないが、周囲は血の臭いでむせ返っている。
――ゴトリ。
闇の中で何かが崩れ落ちた。それは地面にひれ伏し痙攣を起こしていたが、しばらくすると動かなくなってしまう。
「……………………」
突然、接触不良から自力で立ち直った外灯が光を放つ。光の
それは大きな斬傷を受けて絶命している男と、手に刀を携え見下ろす『何者か』だった。
漠然とした物言いには理由がある。そいつはフードを目深に被り痩せ型で身長も小柄の為、年齢はおろか性別すらはっきりしないのだ。
(…………!)
たまたま現場に居合わせた『第三の人物』は、身体を震わせながら瓦礫の山に息を潜めていた。見つかれば殺されてしまう恐怖から逃れようと、慎重に現場から離れようと試みる。だが思いがけない不幸が訪れてしまう。
突然、辺りに突風が吹き荒ぶ。それによって
(――――っ!)
現れたのは切れ長の目に真直ぐ伸びた鼻、意思の強そうな口元と白い肌。その意外過ぎる正体に第三の人物は警戒心を緩めてしまう。
――カシャンッ!
なんと足元に落ちていた空き缶を蹴飛ばし、音をたててしまったのだ。
「誰だ⁉」
フードを被り直した
「……風のせいか? いや……」
床を観察すると靴跡のような亀裂が入っていた。しかも、つい今しがた出来たような――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(――危なかったッ‼)
目に涙を浮かべながら、第三の人物は上空を跳んでいた。
――
「本当に助かったよ、ケット・シー」
靴は喜びを表すように羽を揺らす。
「ヤバいの見ちゃったな……どうしよう……」
未夜は数日前、現場近くで野良猫を発見。いけない事だと思いつつ持っていたパンを与えると、すっかり猫に懐かれてしまい、それから毎日何か食べ物を持っていくようになっていた。
そして先程。遅くなってしまったが猫がお腹を空かせているのではと来てみれば、とんでもない現場に居合わせたのである。
「警察に連絡――だと、なんでこんな時間にあんな場所へいたのかと問い詰められるよね絶対……学校にも連絡がいくだろうし……」
悩みに悩んだ結果、一人の目付きも素行も悪い男が思い浮かぶ。
「……仕方ない……あの人に協力を頼むかぁ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くっそー……何か食えるモンないのかよ」
彼の腹から発せられる爆音は、かれこれ一時間前から続いていた。
「冷蔵庫の中は……なぁんにもねぇ」
調味料でさえ、先日腹の足しになればと直飲みしたので本当に何も残っていない。乱暴に扉を閉め、いっそ寝てしまおうかと考えていた時。
「け、け、け、犬崎さんッ!」
窓から未夜が現れ、彼の身体を乱暴に叩く。
「犬崎さん犬崎さん犬崎さん犬崎さんッッ‼」
「やかましい! ベシベシ叩くな――ふぅっ」
空きっ腹で怒鳴った為、貧血を起こしてしまった彼の名前は――
飢餓状態の犬崎に、未夜は先程の出来事を話す。
「刀で、人を斬っていただぁ……?(ぎゅきゅるる)いつの時代の話だよ……(ぐきゅる)」
「本当なんですよ! 私、この目で見たんです!」
「夢でも(ぐきゅる)見たんだろ(ぐぐぅうう)」
「そんなワケないじゃないですか!」
「(ぐきゅるるるるる)」
「ぐるぐる、うるさいっ!」
「うっせぇ! こっちは腹減ってんだよッ!」
「あーもうっ! これでも食べてください!」
未夜は持っていたポテチを犬崎に与える。
「ばりばりもぐもぐ……んで? 相手の顔は見なかったのかよ」
「みみみ見ました! これがなんと、すっごい綺麗な人で!」
「ほーん」と興味なさそうな犬崎はポテチをあっという間に空にして「おかわり」と告げるが、未夜から「もうありません」と言われ舌打ちを行う。
「どんな刀か――って聞くだけ無駄か。オマエにそんな知識あるワケねぇし」
犬崎は机からガムを取り出して口に入れる。そんなものがあるなら、最初から食べておけばいいのにと未夜は思ったが言葉に出さないでおく。
「とりあえず現場に向かうぞ。場所を教えろ」
「えっ?」
「なんだ、どうした」
「いえ、いつもなら面倒臭いとか言って動いてくれないのに珍しいなぁと」
「その刀に興味あんだよ。奪っちまえば、高く売れるかもしんねぇだろ」
「そういう理由ですか……まぁ、いいですけど」
こうして二人は、現場へ向かう事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――あれ⁉ 確かここに倒れた人が……」
殺害を目撃した場所へ到着した犬崎と未夜。辺りを確認するが、犯人おろか死体も見つからない。
「見間違いじゃないんです! 信じてください!」
「疑っちゃいねぇよ。ここで何か起こったのは間違いなさそうだ」
そう言い切るのには理由があった。犬崎は特殊な能力を持っている。その一つが超嗅覚。常人では気付かない残り香も、彼は気付く事が出来るのだ。
「僅かに血の臭いが残ってやがる。ちなみにオマエの姿は見られていないんだよな?」
「恐らく、ですけど……」
「とにかく今は動きようがねぇ。また何か起こればその時に考えるぞ。今日はもう帰れ」
「……分かりました」
明日も学校を控えている未夜にとって、これ以上の捜索はリスクが高い。犬崎の言う事を聞き、今日は解散する事に決めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、眠たい目を擦りながら登校した未夜。なんとか教室まで辿り着き、自分の机に突っ伏しているとクラスメートが声をかけてきた。
「おーはよっ! 未夜っ」
「おはよぉ……ふわぁあ……」
「豪快な欠伸だねぇ。ところで聞いた? ちょっと小耳に挟んだんだけどさぁ――」
話の途中で教室の扉が開け放たれ、担任の先生が姿を現す。
「はい、座って座って。授業始めるわよー」
慌てた様子で生徒達が自分の席へと戻っていく。
「早速だけど、ここで転入生の紹介をします」
担任の言葉にクラスが騒然となる。未夜も思わず頭を上げて教壇を見つめた。
「入ってきてください」
合図の後、教室の扉が開く。そこから現れた人物に未夜は思わず息を呑む。
「――――ッ‼‼」
男物の制服を着た美しい生徒が教壇に立った。何故、女子高に男子生徒が? そして何より――。
(き、きき昨日殺人現場にいた――殺人犯だッ!)
「では、鷹倉さん。自己紹介をお願いね」
「……
「「「きゃぁあああっ‼‼‼」」」
教室に黄色い歓声があがる。クラスメート達の瞳にハートマークが出来上がっていた。
(あの人が手に持っている物……あれって……!)
鷹倉はカバンの他に、もう一つ手にしている物があった。布に巻かれた細長い物体――。
(きっと、昨夜の犯行に使った刀……!)
鷹倉と目が合いそうになり、思わず未夜は目線を逸らした。
(あの時、私の顔を見られていて……ここまで追って来たのだとしたら……⁉)
ありえない。わざわざ女子高にまで乗り込んでくるなんて……そう自分に言い聞かせながらも、震えが止まらない。
「では、鷹倉さんの席を……如月さんの隣が空いてますね。そこに座ってください」
「――――ッ!」
未夜は自身の不幸を呪わずにいられなかった。
――授業が終わる度、鷹倉の席には大勢の女生徒が集まった。最初の内は同教室の生徒だけだったが昼過ぎには多くの人だかりが出来上がる。
「出身は?」「それ、どこの制服?」「どうやって女子高に転入出来たの?」「好きなタイプは?」
鷹倉は全ての質問に答えようとしなかった。そんな冷たい態度がたまらない様子。
なるべく目立たつ穏便に。そう徹しながら下校時間を迎えた未夜。全速力で帰り支度を行い、校門を出ようとした時だった。
「如月さん」
突然、声をかけられる。恐る恐る振り返ると、今最も会いたくない人物が立っているではないか。
「……鷹倉、くん……」
「少し、時間いいかな。聞きたい事があって」
「え……あの……なに……?」
「昨夜、何をしていたか教えてほしい」
「えっえっ? ななな何? ずずずずっと自分の部屋にいましたけど⁉ わわ悪いんだけど私、急いでいるから! ごめんなさいっ!」
走り去ろうとした未夜に、鷹倉は言葉を続ける。
「その靴、似合っているね。それじゃ、また明日」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「昨日の殺人犯が、オマエの学校に転入?」
夕方、逃げ込むように事務所へ駆け込んだ未夜は犬崎に報告した。
「そうなんですよ ど、どうしたらいいですか⁉」
「そこまでしてオマエを追ってきたのだとしたら、大したモンだな」
「しかも聞かれたんですよ! 昨夜何をしてたんだって! 靴の事も分かってるような素振りで!」
「偶然かもしれんが、とりあえず捜査してみるか。気になる点も多いしな」
「本当ですか? よろしくお願いします!」
「やれやれ……おもしろくなってきやがった」
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