依頼
「うわぁ、すっごい得しちゃったっ」
満面の笑みを浮かべながら、頂いた靴を抱えて街を歩く。スカートは見つからなかったものの、こんなに可愛い靴を手に入れた。今日は、なんてラッキーなんだろう。
「お金も余った事だし、ケーキでも買って犬崎さんの所に行こうかな」
そう決めて、私はケーキ屋さんに立ち寄る。犬崎さんは何のケーキがいいだろう? なんでも喜んで食べそうではあるけど。
「すみません、そこの苺のショートケーキと……隣のガトーショコラをお願いします」
我ながらベストチョイスだと思う。犬崎さん、喜ぶだろうなぁ。
ケーキ購入後、犬崎さんの事務所へ向かう為バス停留所に立っていると、前に並ぶ年配女性達の会話が聞こえてきた。
「天谷さんの娘さん、大変よねぇ」
「電車に轢かれたんでしょう? もう歩けないらしいわよ、可哀相に」
「なんでしたっけ? バレエ? それの発表会があるとかで頑張っていたのにねぇ」
「あそこの奥さんも、すっかり衰弱したみたいで」
何やら物騒な話をしているみたい。怖い話が苦手な私は、その後あまり話を聞かないようにした。
――数十分後、ようやく事務所が見えてくると入口に車が止まっている事に気付く。もしかして来客中かなと思っていると事務所から女性が出て来た。
女性は背中に少女を背負っている。何より驚いたのは、少女の脚元。
(足首から下が――無い……!)
包帯を巻かれている事から、最近欠損したと思われる。痛々しい姿を眺めていると、彼女がこちらを見た。目が合い、動揺してしまう。しかし少女は私に興味がないのか、すぐに目を逸らされた。
おそらく母親だろう女性は少女を助手席に座らせると、運転席へと移動し車を発進させる。
「……やっぱり、お客様だったのかな」
気を取り直して事務所の扉を開け、中へ入る。
「こんにちはっ」
すぐに犬崎さんの姿が見えた。机の上に両足を置くという、いつもの行儀の悪い姿勢。手に持った資料を見ながら、これまたお決まりのようにガムを噛んでいた。
「なんだ、オマエか」
「なんだって何ですか。せっかく来てあげたのに」
「頼んでねぇ」
「あれれ? そんな事を言っちゃっていいんですか? せっかくケーキ買ってきてあげたのになぁ」
「ようこそ、おいでくださいました」
秒速で掌を返される。全く、この人は……。
「さっき誰か来ていましたよね。お客様ですか?」
「まぁな。依頼者だ」
ケーキを小皿に分けながら話を進める。
「どんな依頼ですか? 帰ってこない猫を探して欲しいとか?」
「帰ってこないのは――両足だ」
その言葉に、思わずケーキが落ちそうになる。
「両……足?」
「正確には足付きの靴だ」
犬崎さんの前にガトーショコラを置くのと同時に資料を渡された。内容は以下の通り。
依頼者 :
【
私立中学に通う十五歳
幼少時よりクラシックバレエを続けており、その発表会が間近に迫っていた某日、電車との事故に遭い両足を失う。
詳細 :
当人いわく、事故に遭う数日前に、とある筋からシューズを譲り受ける。その靴を履いていると、普段出来なかった演技が出来るようになったと当初本人は喜んでいた。
そんなある日、事件は起こる。
母親いわく、依頼者はレッスンをしていない時でも、そのシューズを履くようになった。何かに取り憑かれたような感じだったと母親は語る。本人もその時期の記憶が欠如している様子。
夜のレッスンを終え、いつもの時間に母親が迎えにいくと、既に帰られたと先生に告げられる。捜索後、レッスン場から十キロ離れた田舎道で依頼者を発見。電車に轢かれ、既に両足を失っていた。
依頼内容 :
現場を、いくら探しても切断された両足は見つからなかった。その両足と、事件を引き起こした原因と思われる靴を探して欲しい――
「……靴が、呪われてたって事ですか……?」
「オマエ、『赤い』って話を知っているか?
貧しい少女カーレンは、病気の母親と二人暮らし。ある日、靴を持たない彼女は足に怪我をしたところを靴屋のおかみさんに助けられ、赤い靴を作ってもらう。
その直後、看病も虚しく母親は死んでしまった。カーレンは母親の葬儀に赤い靴を履いて出席し、それを見咎めた老婦人は彼女の境遇に同情して養女にした。
ある日、靴屋の店先に綺麗な赤い靴を見つけたカーレンは、老婦人の目を盗んで買ってしまう。戒律上無彩色の服装で出席しなければならない筈の教会にも、その赤い靴を履いて行き、老婦人にたしなめられる。それでもまたカーレンは教会に赤い靴を履いていく。
老婦人が死の床についているときにさえ、カーレンはその靴を履いて舞踏会に出かけてしまう。すると不思議なことにカーレンの足は勝手に踊り続け、靴を脱ぐことも出来なくなる。
カーレンは死ぬまで踊り続ける呪いをかけられたのだった。
夜も昼もカーレンは踊り続けなくてはならなかった。カーレンが看病しなかったばかりに亡くなった老婦人の葬儀にも出席できず、身も心も疲弊してしまう。
とうとう呪いを免れるため首斬り役人に依頼して両足首を切断してもらう。すると切り離された両足と赤い靴はカーレンを置いて、踊りながら遠くへ去ってしまった」
「では、やっぱり……呪い……」
「物に呪いをかけるのは生半可な事じゃない。職人が造り上げたモノには魂がこもるというが、それは呪いとは異なるし……髪が伸びる人形なども呪いの類ではないしな」
「そうなんですか?」
「まぁ調査するさ。大体の見当は既に付いている」
「呪い……呪いかぁ……」
横目でロザリィさんから頂いた靴の箱を眺める。まさか……ね。
「靴の特徴を教えてもらっていいですか?」
「白いトゥシューズだ。道端で足付きトゥシューズ見かけたら連絡しろ」
「そんな物見つけたら、腰抜かしますよっ!」
「気になるのは発見現場だ。十キロ……もしかして『アイツ』が絡んで……いや、まさかな」
「何をブツブツ言ってるんですか?」
「なんでもねぇ。つか、さっきから何を大事そうに抱えてるんだ?」
「おっ! 発見しちゃいましたか! ふっふーん。でも見せてあげません。今度履いてきますから、その時にお披露目って事で」
私のハイテンションと反比例するように、犬崎さんは「面倒臭い」といった表情をつくる。フン、いいもんね。
「では、とりあえず帰りますっ。……あ! 明日から期末試験が始まるんで、それが終わるまで事務所には来れなくなると思いますから。寂しがらないでくださいね」
「あーあー、せいせいすらぁ」
「ぶーっ、可愛くないの」
私は、あっかんべーをして事務所から出ていく。試験勉強、頑張らないと。
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