『跳躍飛天』編

 カンカンカンカン……


 深夜。静まり返った町の静寂を切り裂くのは、最終電車が通過する警告音。


 周りに外灯もなく、ただ赤いランプだけが交互に闇を照らしている。


 カンカンカンカンカン……


 微かだが地面に振動が生じる。あと数秒もすれば、ここに本日最後の電車が通過する事だろう。


 カンカンカンカンカンカンカン……


「――ッ――ッ――」


 そんな時、警告音に混じり何か音がした。


「――て――けて――ッ!」


 暗闇の中、そこには1人の女性の姿があった。彼女は幼さの残る顔をしていたが、今は蒼白となり、大きな瞳に涙を浮かべている。


「――や――いや――」


 女性は何故か踏切のすぐ傍で、座りこんでいた。時折、身をよじるように体を動かしてみせる。ガリガリと地面を爪で引っ掻くが、体は頑として今の場所から離れようとしない。


 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン……


 少しずつ、しかし確実に電車は迫ってきている。女性もそれを察してか、大声でもう一度叫ぶ。


「――助けてッッ! 助けてェエェエッッ‼」


 だが、その声に耳を傾ける者はいない。


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


「いやあぁあぁああああッッッッ‼‼」


 電車は、通過する。女性の――真横を。


 カンカン……カン……


 残されたのは、痛みからなのか恐怖からなのか。目を剥いて失神する女性と周囲に広がる赤。そして両足を失った、無惨な体躯だけだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 土曜日。今日は学校が休みという事で、参考書を買う為に街まで来ています。


 犬崎さんと出会ってからというもの、自分の時間も減っていたし……何より、そろそろ新しいスカートが欲しいなんて思っていたから。あ、あくまで参考書を買うついでですよ? ついで!


 事件を追うのも刺激的で楽しいけど、やはり女子高生だし。学業を疎かにする訳にもいかない……というのは建前で、親の反対を押し切り、半ば強引に一人暮らしを始めたから、あまり心象を落としたくないのが本音。仕送りの額にも影響するし……。


 ――あ。自己紹介が遅れました。私の名前は如月きさらぎ 未夜みや。普段は女子高生! ある時は探偵助手! 果たして、その実態は……!


青春を謳歌する、美少女ですっ! (彼氏ナシ)


 ――そんなこんなで目当ての参考書を購入し『ついで』のスカート探しをする事三時間。


「なかなか、コレって思うモノがないなぁ」


 本日六件目のお店から出て、溜め息をつく。とりあえず、お茶でも飲もうと移動している時でした。


「あれっ?」


 裏路地の入口に、小さな看板を発見。どうやら、雑貨屋の案内看板のようだけど。


「この先って行き止まりだった気がするけど」


 いつオープンしたのだろう? ちょっと来ない内に、街も様変わりするんだなぁ。


 とにかく、ここは覗いてみるしかない。私は看板を頼りに、裏路地の中へと入っていきます。


「……? 何これ。扉?」


 薄暗い路地の裏には不自然な、趣のある扉。それが壁に置かれているだけのように見える。


 扉を開けたら壁でしたなんて格好悪すぎだよねと思いつつ、恐る恐るドアを開けると――眼前の景色は一変。雑貨に囲まれた小さな空間が広がった。


 来客を囲うように棚が置かれており、見た事もない品が並んでいる。お世辞にも綺麗な店とは言えないが、絵本の中に入ったようなワクワクさせる空気感が気に入ってしまった。


「なんだろ、すごく綺麗――」


「いらっしゃい」


「きゃっ⁉」


 食い入るように商品を眺めていると、突然声を掛けられる。


 びっくりしながら振り向くと、いつの間にか奥のカウンターに綺麗な女性が座っていた。


 本当に綺麗な人。髪は長く、オーロラのように輝いている。肌、鼻、瞳、唇……全てがまるで芸術品のように整っている。いや、整い過ぎ。ここまで美しい人を、私は今まで見た事がない。


 見惚れたように眺めていると、不意に女性が微笑んだ。それだけで、私の頬は熱くなる。


「お客様なんて久しぶりなの。驚かせてしまって、ごめんなさいね」


「いいい、いえっ! 私のほうこそ、ずっと貴女を眺めたりしてっ! すみませんっ」


「私はロザリィ、ここの店主をしているわ」


「あ、あのっ! 如月未夜ですっ!」


「お気に召した子は、いたかしら」


「えっと、どれも素敵で、なんて言ったらいいか分からないんですけど……なんだか商品全てに不思議な力を感じるというかっ……何言ってんだろ、私」


「……そう、不思議な力をね……貴女は素晴らしい素養を持っているのかもしれない」


 そう言うとロザリィさんは、奥の棚から何かを持ち出す。


「貴女にピッタリの子がいるわ。ご覧になって?」


 四角い箱を渡されたので、私は中身を確認する。


「……これって、スニーカーですか? 真っ白で、すごく綺麗――あっ、ここ可愛い!」


 箱から取り出すと、靴の両サイドに小さな羽が付いている事に気付く。一瞬にして、私の心を鷲掴みにされてしまった。


「これ、いくらなんですか?」


 スカートを購入の為に少しはお金を持ってきているけど……するとロザリィさんは言い放つ。


「無料でいいわ、貴女が気に入ってくれたなら」


「無料って、タダって事ですか?」


「ええ、そうよ」


「そんなっ! 悪いです!」


「いいのよ。ずっとその子の主が見つからなくて寂しい思いをさせてきたから。貴女となら幸せね」


いいのかなと悩んでいると、ロザリィさんは優しく「受け取って?」と囁く。


「再びここを訪れた時、何か購入してくれればいいから。そして私にお話をしてちょうだい」


「お話、ですか」


 私はとりあえず「分かりました!」と答え、靴を受け取る事にした。


「では、そろそろ店を終おうと思うの」


「あ、すみません長話しちゃって……本当にありがとうございました! また来ます!」


「こちらこそ楽しかったわ、如月未夜さん」


「では、失礼しますっ」


 靴を抱きしめたまま頭を下げ、退店する私。


「楽しみにしているわ。また会える日を、ね……」

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