予兆

 誰もいないはずの真夜中の屋上で、メロディーが聞こえてきた。鼻歌まじりに口ずさむ旋律は、非常に美しい音色を奏でる。


 それは一人の美しい女性だった。髪をなびかせ、恍惚とした表情を浮かべている。


「……上機嫌だな」


 不意に後方の影が揺らめき、男性が現れた。


 こちらも非常に美しい男だった。肌は陶器のように滑らかで、まるで西洋の人形を彷彿させる。美男美女という文字を形で表せば、こんな二人が出来上がるだろう。そんな二人は、どことなく似ている。


「どうだったの? タナトス」


 女性は男に振り返り、妖艶な笑みを浮かべたまま話しかける。


「どうやら我々の計画を邪魔する者がいるようだ」


「へぇ……それは人間? それとも――」


 タナトスは鞘におさめられている刀を持ち上げ、月に照らす。刀は持ち主の意思とは関係なく、鞘と鍔を打ち鳴らしていた。まるで刀自体が意思を持ち、鞘から出ようとしているように。


「愛刀がざわめいている」


「兄弟がいるのかしら。それとも……宿敵?」


「どちらだろうと、計画の妨げのなるようであれば排除せねばなるまい」


「直々にって事? 怖い怖い」


「あの方もお待ちだ。警戒しろ、イシュタム」


「分かっているわ」


 男の姿は一瞬にして消え去ってしまう。


「フフ、本当に人間って……愚かしい生き物だわ」


 呟くや否や、イシュタムは屋上から身を投げ、その姿を消失させた。まるで最初から二人の存在など無かったように。




 『自殺音階』編  完

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