真相解明
翌日の夕方。未夜は犬崎に呼び出され、美恵子の通う音大へ向かって走っていた。学校から自宅に戻り、着替えて電車で音大へ。既にヘトヘトである。
「やっと……着いたぁ……!」
音大の部室へ到着し、呼吸が元に戻るのを待って扉を叩く。
「おう、入れ」
犬崎の声が聞こえてきた。未夜は「失礼します」と一言告げて扉を開けた。すると、我がもの顔で椅子に仰け反る犬崎と、頭を下げる美恵子の姿。
「適当に座っとけ」
自室かとツッコむのも止めておき、未夜は言われるがまま美恵子の隣に座る。
「美恵子、レコードの解析が終わったぞ」
「えっ、呪いの原因が分かったんですか⁉」
「ああ。周波数分析の結果、暗い日曜日には特殊な波長が盛り込まれているらしい。それが故意によるものなのかは分からないが……特定の者が三分近くも聴き続ければ、ある『暗示』にかかるようだ」
「呪いではなく……暗示? 何が違うんですか?」
疑問に感じた未夜は自分で調べてみる事にした。
「呪いとは――物理的手段によらず精神的あるいは霊的な手段で、悪意をもって他の人や社会全般に対し災厄や不幸をもたらさしめんとする行為。
一方で暗示とは――言葉や合図などにより、他者の思考 • 感覚 • 行動を操作、誘導する心理作用?」
余計に分からなくなり、思わず首を傾げる未夜と美恵子に犬崎が説明を行う。
「
「……何の暗示がかけられているんですか?」
未夜は大筋の検討はついていたが、それでも尋ねなければならないと感じた。
「恐らく……『身の回りの人間を自殺に見せかけて殺せ』だろう」
「そんな……! 一体誰が、そんな暗示を!」
美恵子の叫びに犬崎は淡々と告げる。
「実は前もって、犯人をここへ呼び出している」
「…………えっ⁉」
「……ここに、ですか……⁉」
「ああ。そろそろやってくる頃――」
――その時。
……コンコンッ。
部室の扉を叩く音が、聞こえた。
――ガチャリ。
扉が開く。そして、現れた人物は……
「――美恵子? それに昨日の……」
「……雨木……君……?」
「犬崎さん、もしかして……」
未夜の言葉に犬崎は答えない。さらに――。
――コンコンッ。
「えっ⁉」
再び聞こえてくる扉を叩く音。再び部室に緊張が走る。
「Hello~。あれ? どうしたんでスカ? 私の顔に何かついてるカナ?」
「ガレット⁉」
「なんで、二人……?」
「どういう事ですか、犬崎さん!」
未夜は二通りの考察を思い付く。一つは雨木、ガレットの『どちらかが犯人』という事。つまり、犯人ではないもう一人は完全なるイレギュラー……偶然この場に鉢合わせただけの人間。
もう一つが『どちらも犯人』だという事。雨木とガレットが共犯だったとして、二人で自殺に見立て、殺人を行っていたのだとすれば――。
ゾワリと、未夜の背筋に冷たいモノが走る。その予感は美恵子の脳裏にもよぎられていた。
「おいおい、何か勘違いしてんじゃねぇか?」
犬崎が軽い溜め息をつきながら、未夜と美恵子に言った。
「お前らもタイミング悪すぎだ。呼んでもいねぇのにノコノコとやってくるんじゃねぇよ」
「呼んで……いない?」
「だが都合がいい。今回の事件に関わっている人間が一堂に会したワケだ。今回の事件の犯人を紹介するには、まさにうってつけだな」
「事件の犯人……? あなたは、一体何を――」
「あぁ、説明は事が全て明らかになった後で、美恵子にでも聞いてくれや。やっとお出ましになったみたいだからな。
さっきから、そこにいるんだろ? 出てこいよ……犯人ッ!」
犬崎の言葉を合図に、陰から犯人が姿を現す。
「そんな……嘘……!」
「この人が、犯人……?」
姿を現した人物、それは――。
「……大滝……先生……?」
美恵子達の顧問を受け持つ男性教員の姿だった。
「呼び出されて来てみれば、一体何の話だ?」
事態を把握していない大滝は動揺している様子。
「馬鹿な……大滝先生が武丸を殺した犯人だというのか⁉」
「武丸を殺す? 雨木、お前は何を言って――」
「説明してやる」
犬崎は立ち上がり、暗い日曜日を手にしてレコードプレーヤーへ向かう。
「ひっかかっていたのは、これだ」
犬崎が取り出したのは、合宿で全員が記念撮影をした時の写真。
「この写真が、一体なんなんですか?」
「四人が同フレームに収まっているんだぞ、未夜。
一体『誰が写真撮影をした』っていうんだ?」
「――あぁああッ⁉」
カメラは武丸が直前に購入したインスタントカメラ。もちろん三脚やタイマー撮影などない。さらに合宿で使用した小屋は、美恵子達以外の人間はいなかった。
つまり『いた』のだ。美恵子達以外にもう一人、合宿に参加をしていた人物が。
「そういえば昨日、犬崎さんが別れ際に美恵子さんへ聞いていた事って」
「そう。もう一人の参加者、大滝に関してだ」
「………………」
静まり返る室内、全員の視線が大滝に向けられる。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 全く話が見えてこないんだが……!」
「言いたい事はあるだろうが、とりあえず――」
犬崎の行動に、大滝はビクリと身体を震わせた。
「聴いてもらおうか、暗い日曜日を」
レコードに針を落とし、最初のメロディが流れた瞬間――大滝の身体に異変が起こる。身体を大きく仰け反らせ、時折ビクビクと痙攣を起こす。
「暗示によるトランス状態で、自分が何を行ったのかも理解していないだろう。同情はする、だが」
大滝は正気を失った白眼で犬崎達を睨みつける。
「これ以上、被害者を増やす訳にいかないんでな」
「ガァアアァアアッッ‼」
大滝は近付いてきた犬崎に飛びかかると、相手の喉元を両手で押さえつける。
「犬崎さんッ‼」
美恵子が悲鳴を上げる。だが当の犬崎は涼しい顔をしたままだ。
「ガァッ――ガッ……ガアァアアァアアッ⁉」
犬崎は大滝のを掴み力を込める。ミシミシという骨の軋む音が部屋に響く。
「あ、あれは……犬崎さんはどうなって――」
「大丈夫ですよ、美恵子さん。犬崎さんは――最強ですから」
動揺する美恵子の手を握りながら、未夜は力強く言い放つ。
「ガァッ! ガァッ! ガァッ‼」
犬崎の腕を引き離そうとする大滝だが、全く通用しない。
「やかましい、少し眠ってろ」
銀髪、そして灼眼と豹変した犬崎は両手を離す。それと同時にガラ空きとなった大滝の胴体へ拳を叩き込む。ズンッという重い音が響き、大滝の体躯は床に崩れ動かなくなってしまう。
「未夜、警察を呼べ。後の始末は奴等に任せる」
「りょ、了解です!」
元の姿へ戻った犬崎は、懐から取り出したガムを噛みながら「やれやれ」と呟く。
「暗い日曜日に関しては、然るべき場所で封印してもらう手筈になっている。異論はないな?」
美恵子達三人は、ただ頷く事しか出来ない。
(本音を言えば頭のおかしな金道楽に売りさばいてやりたいが……面倒事は背負い込みたくねぇ)
それが朝まで考えた末の結論だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後日、美恵子から今回の成功報酬と共に手紙が送られてきた。
「ガレットさんは祖国へ戻っても音楽を続けるみたいです。また三人で演奏が出来るよう頑張ってほしいですね」
「勝手にしろ、俺には関係のない話だ。それよりも報酬が入ったんだ! これを元手に一発勝負――」
夢を語る犬崎の横から、未夜が報酬の入った封筒を奪い取ってしまう。
「――なッ⁉ 何しやがるテメェ!」
「貸していたお金を回収させて頂くだけですけど」
「は⁉ いや、ちょ、ちょっと待て!」
「後は電気代と光熱費、金融会社さんから借りてたお金を差し引いて――」
「ぅおいッ! なんで金融会社から借りてる金まで網羅してんだオマエはッ⁉」
「最後に、これが『美味いモンでも食わしてやる』と約束していた食費代っと。ハイ、お返しします」
再び戻ってきた封筒の中身は、百十円しか残っていなかった。
「ガム代しか残ってねぇぞ!」
「ガム代も残ってて良かったじゃないですか」
「……このッ……!」
「さぁさぁ、約束通り美味しいモノを食べにいきましょう! 犬崎さんのオゴリですから、遠慮しないで下さいね」
「誰が遠慮するか!」
絡められた腕に引っ張られつつ、犬崎はボソリと呟く。
「……俺……呪われてんじゃねぇだろうな……?」
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