憑神探偵

外部調査

　隣町に存在する某有名音楽大学。ここから多くの作曲家や音楽家が輩出されていった。

　次代を担う若き才能達は、今日も各々の担当楽器を持ち寄り練習に余念がない。

「すごいですね、学校中で音楽が流れてますよ」

　未夜は初めて訪れた音大に感動している様子。

「写真の奴等は、どこだ？」

　犬崎が尋ねると、美恵子は「私達がいつも集まっている場所があるので」と案内を行う。

「ここです、どうぞ」

　離れに存在する建物の一室に到着し、美恵子は扉を開ける。どうやら鍵はかかっていないようだ。

「失礼します」

　挨拶をして中へ入ると、十畳以上ある部屋に二人の男女が佇んでいる。写真に写っていた、雨木とガレットに間違いない。

「美恵子、遅かったな――って、後ろの人達は？」

　雨木は犬崎達を見つめながら声をかける。

「俺は犬崎。隣のちっこいのは気にしないでくれ」

「未夜です。隣の目つきの悪い人は放っておいて下さいね」

　何故か睨みあう犬崎と未夜。

「ハハッ！　面白い二人ダネッ！　私はガレット。よろしク！」

　笑顔で握手を求めるガレット。それに応じたのは未夜だけだが。

「オマエ等に聞きたい事が――って、それは」

　質問しようとした犬崎は、机の上に置かれたレコードを見て会話を止めてしまう。

「暗い日曜日！　あっさり見つかりましたね！」

「……何なのですか、貴方達は？」

「雨木君、犬崎さんは探偵で呪いのレコードについて調べてくれるの」

「……まだ呪いだと疑っているのか？　いい加減にしろ、音楽で人が死ぬ訳ないだろう」

「だったら今から曲を流しても問題はないよな？」

「け、犬崎さん……まさか」

「ああ。実際にどんなものか聴いてみようぜ」

犬崎は部室に置かれたレコードプレーヤーを指さしながら言い放つ。

「そ、それはちょっと……さすがに……」

「気になるなら部屋から出ていってくれ。雨木、だったな。お前は呪いなど信じていないんだろう？　だったら早く針を落とせ」

「ほ、本当になんなんだ……⁉」

雨木は渋々といった感じでセッティングを行う。そして部室から出る者がいないまま曲は再生された。

『Sombre dimanche

Les bras tout charges de fleurs――』

　悲しげな伴奏が流れ、追って歌声が流れてくる。犬崎は腕組みに目を閉じて拝聴したが、未夜などは美恵子の手を握り、終始怯えていた。

――ニ分四十八秒後。しばしの沈黙の後で美恵子が会話を切り出す。

「どう、ですか……？　犬崎さん」

　目を開けた犬崎は閉口一番に告げる。

「このレコードは、すぐに手放した方がいい」

「それは、つまり」

「間違いない。このレコードは――本物だ」

「本物って……しかし僕達は、こうして自殺もせず話をしているじゃないか」

　雨木は苦笑していたが、他の者達の表情は暗い。

「今は、という事さ。現に美恵子は、あと一歩で電車に轢かれる所だった」

「な……⁉　ど、どういう事だ、美恵子！」

「………………」

「黙っていたら何も分からないだろう⁉　ちょっと来い！」

　雨木は美恵子の腕を掴むと、引っ張るような形で部屋から連れ出す。犬崎は、それを目で追うだけで特に追う事はしない。

「鏡ガレットだったか？　まずはオマエから話を聞かせてもらおうか」

「私？　ウン、別にイイヨ」

「自殺した武丸について、何か変わった様子は無かったか？」

　顎先に指を当て「うーん」と考える仕草をしてみせるガレット。

「特に変わった様子はなかったと思ウネ。自殺をする前日まで美恵子達の心配をしてタヨ」

「美恵子達の心配？」

「武丸は、美恵子と雨木をくっつけようとして、色々頑張ってたみたいだカラ。でも、それが叶ったのは武丸が亡くなった後だっタネ」

「それは、つまり美恵子と雨木は現在付き合っているという事か？」

「The street」

「なるほどな。オマエ自身、何か変わった事とかないのか？　それこそ自殺を考えてしまう程に悩んでいる事とか」

「……悩ミ……」

　ガレットは「特にナイヨ」と答えるが、ほんの一瞬だけ表情が変わったのを犬崎は見逃さなかった。

「美恵子や雨木に関してはどうだ？　悩みを抱えている様子はないか？」

「雨木は将来の事で、よく悩んでいルヨ。何度も、この部屋で雨木が一人、頭を抱えて座り込んでいる姿を見かけタネ」

「進路が決まってないという事か？」

「Yes。美恵子は別の音楽会社から声をかけられているし、彼氏として焦ってるんじゃないカナ」

「オマエはどうなんだ、進路」

「んー、なんとかなルヨ！　多分！」

明るく笑ってみせるガレット。犬崎は「十分だ、サンキュ」と告げて質問を終えた。

「二人、呼んでこよウカ？」

「俺から向かう。オマエは、ここで待っててくれ。未夜、頼むぞ」

「は、はいっ」

　犬崎は美恵子達の元へ向かう為に部屋を出た。動物にも引けを取らない彼の嗅覚をもってすれば、居場所を突き止める事など難しくない。

（案外、近いな。あの建物の裏か）

　陰から顔を覗かせると、涙ぐんでいる美恵子を雨木が叱責する姿が見えた。

「――自殺なんて、どういうつもりだ⁉　僕に対する当てつけのつもりなのか！」

「そんなつもりじゃない……」

「探偵を雇う前に、なぜ一言、僕に報告しない⁉」

「それは悪いと思ったよ……でも、私も怖くて……耐えられなくて……」

「……とにかく、余計な事を言うな。後はこっちで何とかする」

　犬崎に気付かず雨木が去って行ったのを確認し、改めて美恵子の元へ向かう。

「オマエも言い返してやればいいのによ」

「――ッ！　け、犬崎、さん」

　声をかけると、美恵子はビクリと身体を震わせて頬を濡らした顔を上げてみせた。

「自分の就職先が決まらないからって、彼女に八つ当たりしてんじゃねぇのか」

「そんな事、ないです……彼は普段とても優しくて……武丸君の事があったり忙しかったりで、今は情緒不安定になっているんだと思います」

「情緒不安定、ねぇ」

　美恵子は涙を拭うと、精一杯の笑顔を作る。

「すみません、情けない姿を見せてしまいました。戻りましょう、犬崎さん」

　美恵子と一緒に部屋へ戻ってきた犬崎。「おかえりなさい」と言ってくる未夜に対して、雨木は不機嫌そうに舌打ちをしてみせた。

「雨木。オマエにも話を聞かせてもらうぞ」

　壁にもたれかかり、犬崎は告げる。雨木は「何を話せというんですか」と返す。

「おかしな事、気付いた事……全てさ」

「ありません。しいて言うなら、武丸が悩んでいた事に気付いてあげられなかった、それが残念でなりません」

「レコードは関係ないという事か」

「当然です。そんな事ありえません。考えてもみてくださいよ。国内だけで、年間三十万人以上が自ら命を絶っているんですよ？　身内の間で自殺者が出たとしても、特別珍しい事ではありませんよね」

「随分詳しいじゃないか。確かに自殺だけを考えれば珍しくはない。だが二週間で身のまわりの人間が十人も自殺ってのは出来すぎている」

「……どういう意味ですか」

「分かんねェか？　なら簡単に言ってやるよ。俺が言いたいのは『自殺したソイツらは、何者かに殺害された可能性がある』って事さ」

「――こ、殺され……⁉」

　全員の顔色に緊張が走る。

「貴方は、これが殺人だと言いたいんですか！」

　思わず椅子から立ち上がり、問いただす雨木。

「推測だ。実際まだレコードを調べていないしな」

　犬崎はプレイヤーから、暗い日曜日を取り出してみせる。

「これは少し俺が預からせてもらう」

「勝手な事は困ります。僕達は、今後もこの曲を演奏しなければいけないんです。原曲が無くなれば、練習もままならない」

「コピーなど、録っていないんですか？」

未夜は美恵子に尋ねる。

「ありません。全員が機械音痴と言う事もありますが、レコードから流れる音というのも重要で」

「今週中には返してやる。それぐらい辛抱しろ」

「しかし……！」

「少しの間だけです！　すぐにお返ししますから」

　未夜に頭を下げられ、雨木は思わず天を仰ぐ。

「……もう好きにすればいい。自殺や呪いだけでも気が滅入っていたのに、更に殺人だのと……気分が悪い。これ以上付き合っていられない」

「あ、私も用事があるから帰らせてもらウヨ」

　雨木とガレットは鞄と自身の楽器を持って部室から出ていってしまう。

　そんな二人がいなくなった後で犬崎は美恵子に訊ねた。

「ガレットは何か悩みを抱えているのか？」

「え、悩み……ですか？　どうですかね、相談とかされた事がありませんし。でも以前、顧問の先生と話をしているのを聞いた事があります。滞在期間がどうとか」

「滞在期間？」

「卒業したら祖国に帰るんでしょうか？」

「……もう一度、全員で写った写真を見せてくれ」

「写真ですか？　分かりました」

　美恵子は、すぐに写真を取り出して犬崎に渡す。

(合宿、レコード、暗い日曜日、自殺、呪い……）

　犬崎はガムを取り出し、口へ放り込む。

「……美恵子、最後に聞きたい事がある」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

　帰り際、未夜が犬崎に声をかけた。

「美恵子さん、本当にいい人ですよね」

「んー……」

「最後に何か尋ねていましたよね。あれって、どういう意味だったんですか？」

「わかんねぇのか？」

「分かりませんよ。分かる訳ないじゃないですか」

「……ったく。少しは頭を使ったらどうだ？」

「んなッ⁉　失礼な事を言いますね！　なんだっていうんですか、全く！」

「最後に俺が尋ねた事が、今回の事件の真相だ」

「えっ⁉」

犬崎の言葉に、未夜は驚く。

「し、真相⁉　本当ですか⁉　う〜……ヒント！　ヒントをください！」

「ヒントは『オマエが今日ずっと手にしてきたモノ』だ」

「手にしてきた……？　えぇえ、何……？」

　両手を眺める未夜を無視し、犬崎は呟く。

「……フン。歯が疼きやがる」