真相究明

 時刻は深夜を回った。犬崎達は事務所へは戻らず、現在はリサ宅の前へ戻って来ていた。


「これからどうするつもりですか?」


「口に手を当て、目を閉じろ」


 犬崎の言っている意味は分からなかったが、素直な未夜は言われる通りにする。次の瞬間、未夜の身体は何かに支えられてふわりと浮き上がった。


「……⁉……⁉⁉」



 動揺していると激しい突風が巻き起こり、しばらくすると犬崎から「もういいぞ」と言われる。恐る恐る目を開けると、立っている場所が玄関前から二階ベランダへと移っているではないか。つまり犬崎は、未夜を抱きかかえたまま垂直五メートル以上の跳躍をしてみせたのである。


「オラ、いくぞ」


 犬崎が手を離すと、支えを失った未夜の身体が床へ落ちる。少しずつ冷静になっていき、自分はもしかすると先程まで犬崎に『お姫様抱っこ』をされていたのではと気付き、顔が真っ赤になった。


「なんだ、どこか痛むのか?」


「いいいえ別に⁉ なんでもありませんけど!」


「変なヤツ……分かってるだろうが静かにしろよ。警察に通報されればアウトだからな」


 そう呟き犬崎は二階の窓に手を掛ける。当然、鍵がかかっている様子。


「どうするんですか?」


「全く問題ない」


 犬崎は軽く指を動かす。すると数秒遅れて、鍵から周囲数センチの窓ガラスがと割れた。そこに指を突っ込み、鍵を開けて部屋の中へ。


「ちょ……! け、犬崎さん⁉」


 言いたい事はあるが、犬崎に睨まれて口を噤む。「これもリサちゃんの為」と自分に言い聞かせる。


 恐らく、リサの部屋なのだろう。よく言えば整理整頓されているが、率直な感想を言えば何も無い。机とベッドは置かれているものの、テレビもぬいぐるみも好きなアイドルのポスターも、女子中学生らしさが何も無いのだ。


 そんな部屋から犬崎達は移動。真っ暗な廊下を進み、階段を降りると仄かな光が見えた。リビングの明かりだろう。


 未夜を待機させ、犬崎は素早い動きでリビング前まで進む。聴き耳を立てるが、何も聞こえない。


 ゆっくり扉を開け、中を確認。そこに――リサの姿が見えた。下着姿で横たわり、一切動かない。


(どうですか、犬崎さ――うわわっ⁉ 痛っ!)


 犬崎が合図を出していない内から近付いてきた未夜が、何もない場所でつまづいてしまう。結果、大きな音がたってしまう。


「――――ッ⁉ 誰かいるのッ⁉」


 涙ぐみながら未夜が「ごめんなさぃい」と呟く。犬崎は舌打ちしてみせると、一気にリビングの扉を開けた。


「な、なんですか貴方達は! 一体どこから――」


 母親を無視し、犬崎はリサに近寄り声をかける。


「おい、大丈夫か?」


「……け、犬崎……さん……?」


「今から、オマエの呪いを解いてやる」


「ど、どうするつもりですか?」


 未夜は自分の上着をリサに着せながら、改めて犬崎に尋ねた。


「簡単な事だ。呪いを作りだす元凶を絶てばいいだけの話だからな」


「元凶って……こっくりさん、ですか?」


 未夜の言葉に犬崎は「違う」と言い放つ。


「オマエが、呪いの元凶だ」


犬崎が指さす先、それは――――




リサ、本人。




「え……? リサ、ちゃん? いや、何を言っているんです? リサちゃんからの依頼なんですよ? それに、こっくりさんの呪いだって――」


「背中に出来た痣の事か? それならアンタから直接、詳しい話を聞きてぇな」


 犬崎は、リサの母親を睨みつける。


「――な、何を……一体……!」


「これは呪いなんかじゃねぇ。そこの母親によって出来た折檻痕さ」


「せ、折檻……⁉」


「俺の目は欺けねぇ。随分と長い間、虐待を受けて来たみたいだな」


「何を……! ど、どこに、そんな証拠が……!」


「アンタの手、おかしな所にタコが出来ているな。それは折檻タコだろう?」


「……は⁉ こ、根拠のない言いがかりだわ!」


 そういいつつ、母親は手を隠す仕草を行う。


「折檻道具をどこに隠した? 俺の勘だと寝室辺りが怪しいと踏んでいる」


「で、でも犬崎さん! なんでリサちゃんは、それを呪いと嘘ついて……」


「リサにとって、都合がよかったからさ」


「つ、都合?」


「未夜、お前に頼んだリサの身辺調査によると」


 リサには父親がいない。見た事すらない。リサの母親は、いわゆる未婚の母だった。


 女手1つで子供を育てるのは大変で、母親は仕事や家庭のストレスをリサにぶつけていた。リサ自身も、母親の気持ちが分かるので抵抗などしなかった。毎日毎日殴られ、罵倒され、それでも耐えた。


 リサが中学校に入った頃、彼女はイジメの対象となってしまう。相手はヒカル。唯一の安らぎの場であったはずの学校は、辛いモノとなってしまう。


 そんなある日、ヒカルは提案してきたのだ。


――こっくりさんをしよう、と。


「その際にリサは、こっくりさんが召喚されたと嘘の発言、行動をとった。ヒカルに対する僅かな復讐……もしかすれば、呪いを恐れてイジメが無くなるかもしれないという期待もあったはず」


「………………」


 リサは黙って聞いている。頭を垂れ、肩を微かに震わせながら。


「念には念をと、下校中の梶を追って声色を変えて脅したりもした。そんな折、予期せぬ出来事が起こってしまう。こっくりさんに参加した同級生、馬場が――死んでしまったのさ」


 ミキは言う。「こっくりさんの呪いだ」と。


 梶君は怯える。「大変な事になった」と。


 ……私のせい……?


 私のせいで、馬場君は死んだの……?


 私が、くだらない演技をしたせいで……


 本当に、こっくりさんの呪いが起こっているのだとしたら……


 私のせいで……私の、私のッ!


 眠れない日が続いた。食欲も出ず、毎日悩んだ。母親の折檻を受けながら、このまま死んでしまえたらと考えた。相談に乗ってくれる相手などおらず、もはや限界まで追いつめられた。




 誰でもいい、誰か、私を助けて……!




 偶然見かけた、探偵事務所の看板。気付くとリサは、通帳を持って事務所入口に立っていた。


 自らにかけられた呪いを解いてもらう為に。



「うあぁぁああああぁあッッッ‼‼‼‼」



 泣き叫ぶリサ。初めて全てを表に出した。ずっと耐えてきた。これからも耐えていくのだと思っていた。だが、それは叶わなかった。幼い体と心では、これ以上繋ぎとめる事が出来なかった。隠し通す事など出来なかった。


「リサちゃん……」


 傍にいた未夜は、リサをそっと抱き寄せ、その頭を撫でてやる。


「もう大丈夫……もう大丈夫だよ……」


 慈愛に満ちた未夜の表情。その瞳にも、うっすら涙が溢れていた。


「……んじゃ……わよ……」


 声が聞こえた。その方向を見ると、俯いた状態でリサの母親が立っていた。


 手に警棒のような武器と包丁を握って。


「フザけんじゃないわよ……こんな事……近所に知られたら……どんな顔して表を歩けばいいのよ! フザけんじゃないわよッ‼」


 母親は犬崎達に向かって歩み寄る。


「消さないと! 消さないと! 消サなイとッ!」


 母親は正気を保っていない。目を見開き、口端からよだれを垂らしたまま更に接近してきた。


「未夜、リサを連れて外に出ておけ」


「は、はい!」


 次の瞬間、ゴウッ、と部屋中の空気が変わった。


「殴りゃしねェから安心しろ」


 その刹那、犬崎の様相が激変。美しい銀髪に燃える様な灼眼――この姿こそ犬崎の中に眠る憑神――



瞬天動星大御神臥怨吏竜しゅんてんどうせいおおみかみふぇんりる



「ああぁ……あぁああ……ッ」


 リサの母親は犬崎から目を離せない。身体が弛緩し、ついには得物を落としてしまう。


 それは今までに感じた事のない、絶望的な恐怖。狩るモノと狩られるモノの粛然とした差。


 犬崎は小さく息を吸い込み、それを一気に放つ。



「ガアァアアアアアアッッッッ!!!!!!!」



 ただの咆哮、それだけで家中が激しく震え、窓という窓が全て割れてしまう。それを正面から受けた母親は、口から泡を吐き白目を剥いて崩れ去った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「大丈夫? リサちゃん」


 未夜が声を掛けるが、リサは反応しない。


「……馬場の交通事故だが、ウラは取れた。呪いでもなんでもねぇ、原因は運転手の居眠り。警察署に出頭して、既に檻の中だ」


「……えっ……?」


「つまり、呪いなんざ無かったって事だ。たまたま偶然だったんだよ、全部な」


「よかったね、リサちゃん」


「だがな……」


 リサに接近して言葉を続ける犬崎。


「オマエに全く原因がねぇワケじゃない。母親が間違っていたのなら、何故直してやらねぇ? イジメられるのが嫌なら、何故抵抗しねぇ?」


「…………それは…………」


「全ては、オマエの弱さだ。初めから諦めてんじゃねぇ。負けを認めんな。もがいて、もがき抜いて、そっからだろうが」


「……犬崎さん……」


「オマエもいい加減、その呪縛から解き放たれろ」


 犬崎は、リサの頭を乱暴に撫でる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 そしてリサも、再び涙を零しながら頭を下げたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ――後日、母親は自分のやった事を反省したようでリサに暴力を振るう事はなくなったらしい。学校でもイジメはなくなり、リサは児童カウンセラーになるべく受験勉強を頑張っているそうだ。


「でもまさか……こっくりさんの呪いが、リサちゃんが起こしたものだったなんて」


 探偵事務所内、ジュースを注いだコップを机に置きながら未夜が話す。


「実際、呪いとかってあるんですかね?」


「こっくりさんは、オカルトゲームを契機に発症した集団ヒステリーだという説もある。自己暗示であったり、感応精神病を引き起こすなどと言われたりな。動物霊であるという話や、焼け死んだ子供の霊だという話もあるが、本当の所は誰も知らねぇ」


 まぁ、解明しようなんつぅ奴もいないだろうがと犬崎は補足した。


「イジメにしても、全然無くなりませんよね……」


「百年経っても、この問題は無くなってねぇんじゃないか? 愚かな存在なのさ、人間ってのは」


 ハン、と鼻を鳴らしながら語る犬崎。


「とにかく目先の事だ。成功報酬も入るし、明日は豪勢に焼き肉でも――」


「あ、報酬の件ですが私からリサちゃんに断っておきました。先にもらったお金も、返しましたし」


「はぁああぁっ⁉ オマエ、な、何してんだよ⁉」


「学生からお金を貰うのって問題あるのでは?」


「そ、それは……」


「バレたらヤバいんじゃないんですか? 事務所も営業停止になったりして」


「ぐぅうぅう……!」


「私は犬崎さんの事を想って、そうしたんです。感謝して欲しいくらいですよ」


「オマエ……初めから分かってて……!」


「でも安心して下さい。明日は私が腕によりをかけて御飯を作ってあげますから。何か食べたい物はありますか? ちなみに高い物はダメですよ」


 満面の笑みを浮かべる未夜の隣で、激しく落ち込んでみせる犬崎。


「死ぬほど肉を食らうつもりだったのにっ……! ち、ちくしょぉおおおおッッ‼‼」


 当面は、野菜炒めで我慢するしかなさそうだ。

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