外部調査

 犬崎達が訪れたのは、こっくりさんを行った梶という男子生徒の実家。事前にリサの携帯から「今から向かう」と伝えている。


 玄関の呼び鈴を鳴らして数秒、梶はTシャツに短パンという姿で現れた。


「なんだよリサ、話って……ん? 誰よアンタら」


「あの……この人達は、探偵の方達で」


「は? 探偵? それが俺に何の用?」


「例の、こっくりさんの件で、少しお話を聞かせて頂きたいんですけど」


 未夜が優しい口調で話すが、梶は「はぁ?」と難色を示す。


「それって任意っすよね? だったら付き合う気はないんで、さっさと帰――」


 今まで傍観していた犬崎が動く。なんと梶の髪を掴み、引っ張りあげた。


「いててててッ⁉ な、何しやがる⁉ 離せ!」


「人が下手に出てれば、いい気になってんじゃねぇクソガキ。オマエにも関係ある話なんだ。グダグダ言ってねーで、さっさと答えやがれ」


「は、離せ! 分かった! 話すからッ‼」


「犬崎さんは、一度も下手に出てませんけど……」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 犬崎達は梶を近くの公園まで引っ張り出し、話を窺う事にした。


「こっくりさんを行った後、不気味な女の声を聞いたらしいな?『地獄へおいで』とか」


「そ、そうっス」


「お前以外に声を聞いたヤツは?」


「いなかった……と思います。家に帰ってる途中だったし、周りに誰かいた様子もなかったので」


「それは確かに女の声だったのか?」


「間違いないっス! 気味悪い女の声でした」


「こっくりさんを提案した池田ヒカルとは、いつからの付き合いだ? 仲は良いのか?」


「えっと……それは」


 口ごもる梶に、犬崎は「どうした?」と訊ねる。


「ヒカルと俺、前に付き合ってた事があるんス……半年もたなかったけど。昔は今みたいなキツイ性格じゃなくて、中三頃から急に態度が急変ってか」


「その原因に思い当たる節は?」


「分かんないっス。一方的に俺、フラれたし」


「学校に来なくなったミキと連絡はしてんのか?」


「正直、俺ミキとそんな仲いいワケじゃないんス。連絡繋がらないってのもリサから聞いて知ったし」


「亡くなった馬場についてはどうだ? コイツとは仲良かっただろ?」


「そうっスね……まさかアイツが死ぬなんて、思っても見なかったっス……あの時俺が、こっくりさんの紙を馬場に燃やさせたから……だから馬場は死んだんじゃないかって……そう思うと、俺……」


「事故当日、途中まで一緒に帰っていたんだよな? 何か変わった様子はあったか?」


「……こんな事、本人を前にして言うのもどうかと思うけど……馬場はリサの事好きだったみたいで」


「……えっ……?」


 リサが顔を上げ、驚いた表情を見せる。


「だからリサがいなくなった後、馬場はスゲー心配してた。告白も出来ないまま死んじまって……後悔してんじゃないかと思う」


「……そんな……」


「リサちゃん……」


 未夜がリサの肩をそっと抱く。


「十分だ。情報提供、感謝する」


 犬崎は簡単に礼を言うと歩き出す。 後から未夜達も、慌てた様子でついていく。


「探偵さん!」


 そんな犬崎を梶は大声で呼び止め、告げた。


「悪霊を祓ってくれよ! 馬場も天国から、それを望んでるはずだから!」


 犬崎は親指を立てて答える。


「任せておけ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 次に犬崎達が向かうのは、ミキの家。少し離れた場所にあるので、バスに乗って移動しようと思っていた矢先の事。


「……あれ……?」


「どうしたの? リサちゃん」


 未夜が声をかけると、リサは頭上より高い位置を指さしながら「あれ、ヒカルとミキちゃんです」と告げた。


「えっ?!」


 ファーストフード店二階の窓に険しい表情をする女子達が見えた。


「あの二人って事?」


「はい。右がヒカル、左がミキちゃんです」


「手間が省けた。店に入るぞ」


 犬崎は未夜に適当なドリンクを注文させて二階へ上がっていく。共についてきたリサに「見つからないようにしろ」と小声で指示を出す。


「――だから、どうすんのよ、マジで!」


 ミキがヒカルに向けて声を荒げている。


「馬場君に至っては死んでるんだよ⁉ 私達だってどんな目にあうか……」


「黙れよ、熱くなってんじゃねぇ!」


 かなりヒートアップしている。店内には他の客もいるのに、まるで気にしていない。


 犬崎は懐からボイスレコーダーを取り出し、二人の会話を録音し始める。


「ヒカルだって他人事じゃないんだよ? そうよ、真っ先に祟られるべき! アンタが、あんな事やろうなんて言い出さなければ――」


「黙れっつってんだろッ!」


 ヒカルはミキの後頭部を掴み、思い切りテーブルに叩きつけた。大きな音が鳴ったが周りの客は横目で様子を窺うだけで無視を続ける。


「何の為に私がリサなんか誘ったと思ってんのよ。呪い? 祟り? リサを盾にして、私は逃げおおせてみせるっつの」


「――――!」


その言葉を聞き、犬崎の隣にいたリサがカタカタと震えた。


「とりあえず余計な真似すんなよ、分かったな」


「……うっ……うっ……!!」


 ヒカルはカバンを持って店から出て行く。


「お待たせしました! どうなりましたか?!」


「未夜、ミキに聞き込みしておけ」


「えっ? えっ⁉ そ、そんな事言われても……け、犬崎さんは、どうするんですか⁉」


「俺はヒカルを追う。任せたぞ」


「ちょ……け、犬崎さぁああん‼」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ちょっと、いいか?」


ヒカルに追いつき、後ろから声をかける犬崎。


「……何、ナンパ? ウザいから消えろよ」


「山城理沙の知り合いでな。アイツの悩みを解決する為に、協力を頼まれた」


「リサ……? よく分かんないけど私に関係ない」


「関係無い訳ないだろ。時間は取らせないから、話聞かせてくれよ」


「ウゼー……どっかいけよ通報すんぞ」


 取り付く島もなさそうだが、方法はある。犬崎は軽く咳払いをして、懐から財布を取り出す。


「情報提供料は、弾ませてもらうぜ?」


一言。それだけでヒカルの態度は急変した。


「……へぇ、分かってんじゃん。いいぜ。そこまで言うなら、答えてやんよ」


 思惑通りである。しかし犬崎は一円たりとも差し出すつもりはない。そもそも財布の中には初めから金など入っていない。要はハッタリである。


「何を答えりゃいんだよ」


「まず確認として、リサをイジメてんのか? あぁ大丈夫だ。仮にそうだとしても、とやかく言うつもりはねぇ」


 ヒカルは、チッと軽く舌打ちしてみせる。


「イラつくんだよ、アイツ見てると。人の顔色うかがって、いっつもビクビクしやがって! 呪い殺されてしまえばいいんだよ、あんなヤツ!」


「亡くなった馬場については、どう思う?」


「死んだ奴の事なんか興味ねぇよ。リサを救おうとすっから巻き込まれんだよ、バカが」


「ミキや梶とは仲いいのか?」


「ミキとは小学校からの付き合いってだけ。梶ともつるんでるだけ」


「梶からは一方的に別れを告げられたと聞いたが」


「はぁ⁉ アンタにゃ関係ねぇだろ!」


「最後の質問だ。三年になって態度が急変したと言う話があってな。何か原因はあるのか?」


「――っ! か、関係ねぇだろ! んな事ァいいんだよ! さっさと金出せ! こっちは質問に答えてやったんだから!」


「悪いが現金の持ち合わせがなくてな。金目のモンでいいか?」


「あぁ⁉ 何ホザいてんだよ! いいから出せ!」


 犬崎はゴミ箱から溢れ出ようとしているスチール缶を掴み、指の力だけで小さく握り潰す。


「――⁉」


「金目のモノっつっても、鉄の拳だけどな」


 サイコロ大になった缶を地面に落とし、不敵な笑みを見せる犬崎。


「ふ……フザケんな! くそッ! 覚えてろよッ! ボケが!」


 捨て台詞を吐き、ヒカルは走り去っていく。


「さて、未夜達の所に戻るとするか」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ファーストフード店に戻ってきた犬崎。だが未夜の姿しか見えない。


「リサとミキはどうした?」


「そ、それがですね……さっき、リサちゃんのお母さんが店に来て二人を連れ帰ってしまったんです」


「なんだそりゃ。なんでリサの母親が」


「買い物帰りに、たまたまリサちゃんの姿を見つけたらしくて。もう遅いし、夕御飯だからって」


 確かに女子中学生が自由に動ける時間ではない。至極真っ当な答えである。


「……リサの実家の住所は聞いているよな?」


「え? ええ、それは聞いていますけど」


「よし。リサの自宅に向かう」


「今からですか⁉」


 歩き始める犬崎の後ろで、未夜は溜め息をつく。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 リサの実家へと到着し、玄関のチャイムを鳴らす未夜。しばらくすると、扉が微かに開いて母親が顔を覗かせた。


「こんな時間に何の御用でしょうか」


「先程は、すみません。ちょっと、リサさんに話したい事がありまして」


「今は夕飯の最中です。伝言なら私が承ります」


「あ、いえ……あの」


「直接、話させてもらえないか? すぐに終わる」


「申し訳ありませんが。用件は、それだけですか? ならば失礼します」


 母親が扉を閉じようとした瞬間、犬崎が手を割りこませた。


「ちょっ、な、なんですか⁉」


「リサ! 聞いてんのか⁉ 出てこい!」


「け、警察を呼びますよ⁉」


「犬崎さん⁉」


 突然の行動に動揺が走ったが、すぐに犬崎の手は離され扉は閉じられてしまう。


「何してるんですか⁉ 警察を呼ばれますよ⁉」


「…………………」


「早くここを離れましょう。調査は始まったばかりです。明日、また仕切り直しましょう」


「いいや、その必要はない」


 犬崎はガムを一枚取り出し、口へ運ぶ。


「たった今、事件は全て解けたからな」


「――え? ほ、本当ですか⁉ どうやって⁉」


「それを明かす為に、もう少しだけ俺に付き合ってもらうぞ」


「は……はいっ!」


犬崎はリサの自宅を見つめながら、囁いた。


「……犬歯が疼きやがる」

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