『分身娑婆』編

「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら、私達の前においで下さい」


 夕方の教室内で声が聞こえた。男子生徒二名、女子生徒三名が机を囲んで何かを念じている。


 机上には『あ』から『ん』までの文字や数字記号が並んだ紙。その上には十円玉が置かれており、全員が通貨に人差し指を乗せていた。


「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら、私達の前においで下さい」


 いよいよ耐えられなくなった男子生徒が、溜め息混じりに文句を言う。


「いつまで続けるんだ? もういいだろ、何も起きないって」


かじ、もっと集中しろよ! リサも本気でやってんのか⁉」


「や、やってるよ……ヒカル」


 ヒカルと呼ばれるリーダーらしき勝ち気そうな女子が、ヒカルという女子を怒鳴りつける。


「高校生になろうってのに、こっくりさんて」


 梶はウンザリといった様子で天井を仰ぎ見る。


「ひゃひゃっ! 退屈しのぎが退屈という矛盾っ」


 変わった笑い声をあげている隣の男子生徒。制服の胸には馬場ばばと書かれたネームプレートが付けられていた。


「私も飽きてきたんだけどぉ。ヒカル、帰りにどこか寄って帰らない~?」


 派手なメイクと胸を強調させるように制服を着崩したギャル、ミキも前髪を玩びながら話す。


「コレ終わったら。金はリサの奢りだかんね」


「う……うん……」


「キリよく十七時まで続けるよ。梶、さっさと指置けっつの」


「うぇ、まだやんのかよ」


 渋々といった感じで、梶は再び十円玉の上に指を乗せる。


「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら、私達の前においで下さい」


「ってゆ~か、マジで祟られちゃったりしたら、ど~する?」


「そん時はリサを生贄にすっから」


「ヒカル、極悪~」


「ひゃっひゃ!」


「………………」


 ――十六時五十五分、ついに異変は突然訪れた。全員が指で押さえていた十円玉が、カタカタと動き始めたのである。


 「……え? ちょ……マジで?」


「リサ! テメーが動かしてんじゃねぇの⁉」


「わ、私……何もしてない」


「うっそ、じゃぁこれって――」


 十円玉は、床を這う虫のように動き続けていた。


「こ、これ、ヤベェんじゃね?」


「は、ははっ! 皆、絶対に指を離すなよ? 私の質問に答えてもらうんだから」


 ヒカルは生唾を飲み込んだ後、質問を行う。


「こっくりさん、お答え下さい……私は将来、どんな仕事に就いていますか……?」


 ……ズズッ……ズズッ……ズズッ……


 十円玉は導かれるように動き始める。


「おおお! 動く動く……!」


 騒ぎ立つ教室内。そんな中、リサの様子がおかしくなっていく。顔面蒼白、身体を微かに震わせて目に涙を浮かべていた。


「こ、これ……駄目だよ……止めないと……」


「お前……大丈夫か? ちょっと普通じゃねぇぞ」


「てか誰? 上から指押さえつけてる奴! ネイル傷付くからやめてよ!」


「ちょっと黙ってろよッ!」


 騒然とする教室。そんな中、十円玉は特定の位置で五秒程度動きを止めて再び移動を繰り返す。



『せ』 『″』 『ん』 『い』 『ん』



 その止まった文字を、ヒカルは左手でメモに書き残していく。


「……ぜんいん……全員?」



『の』 『ろ』 『い』



ズズッ……ズズッ……ズ…………



 十円玉が動きを止め、全員がメモに視線を向ける。そこには、こう書かれていた。





『ぜんいん   のろい    ころされ  る』

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