終演
事件の夜、たまたま立ち寄った新生児室で秋山の運命は狂わされた。
お手洗いに行きたいと申し出た大谷の代わりに、ほんの短い時間だけ常駐を引き受けたのである。
何も起きないはずだった。けれど生まれて間もない憂の妹が、突然発作を起こす。
正直、新生児室の扱いなどした事がなかった。それでも自分は医師で何とかしないとと準備を行い始めた最中、手袋がない事に気付く。やむを得ず、そのまま手袋をつけずカプセルを開けた。
見た感じだと診断のしようがなく、覚悟を決めて赤子を抱き上げた次の瞬間、異変は起こる。
秋山の体勢が大きく崩れた。それでもなんとか踏ん張ろうと力を込めた時、右腿から下が鋭利な刃物で切られたように切断されているのが見えた。
「――――――⁉」
声にならない悲鳴をあげて転倒する秋山。ここでようやく、自分以外の誰かがいる事に気付く。
そこにいたのは、美しい女性。
整った顔立ちと均整の取れた身体、しかし何故か白く細い首に荒縄が巻き付いていた。更に大きな鎌を携えている。
こいつは普通じゃないと秋山が思った瞬間、女は床に転がった憂の妹を掴み、高々と持ち上げ、そして床へ叩きつけた。
「――――――!!!?」
秋山の体は指一本動かず、ただ女の残酷な行為を眺める事しか出来ない。
女は去り際、秋山の耳元でこう囁く。
『貴方は悪夢を見ている。とても恐ろしい夢を……だから私が解放してあげる』
女は甘美かつ妖艶な香りに包まれていた。それを嗅いでいると瞼が重くなり、何も考えられなくなってしまう。
意識が途切れそうになった瞬間、身体に異物が入る感覚がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――目覚めると、そこは真っ暗な新生児室。時刻は全くといっていい程経過していない。
夢だったのか? そう考える秋山だが、意識の途切れる前と後で明らかに違うモノがあった。
床に転がり、血を流している憂の妹の姿。
「――――⁉」
あまりの出来事に慌てふためく秋山。これは自分が行ってしまった事なのか? いや、それ以外に誰がいる? よもや夢に出てきた女が犯したなどと言うつもりか?
「このままでは……このままでは……私は!」
そして思いついたのだ。隠ぺいする方法を。
なんと愚かな事をしてしまったのか。素直に自首すればよかったのだ。
父の重圧と母の期待に押し潰されそうになりながら、懸命に学び続けた。ここまで頑張ってきて、このような仕打ちにあおうとは――。
警察に連行される際、新生児室を横切った。ふと立ち止まり、中の様子を覗っていたその時。
一斉に閉ざされていた全てのカプセルが開き、中から生まれたばかりの赤子が立ち上がる。
カッと閉ざされていた目は見開かれ、全員が秋山を見つめていた。
「――う……うあ……うあああああ……ッ⁉」
両隣に立つ警察官二名が、突然様子をおかしくした秋山に声を掛ける。
「どうした? 大丈夫か? しっかりしろ!」
「うああああ! うあああぁああああッッ‼」
頭を抱えて暴れ始める秋山。赤子は増え続け、新生児室の大きなガラス窓を埋め尽くす程になっていた。うめき声が脳を掻き乱し、いよいよ正気が保てなくなった時。
秋山の口から、血に染まった憂の妹が姿を現し、はっきりとこう告げた。
「 今度 ハ
落ト ス ナ ヨ 」
――病院の屋上に、二つの人影が見えた。一つは大鎌を持つ美しい女、一つは刀を携えた美しい男。
影達は半狂乱になり暴れている白衣姿の男を目で追っていた。
「人間って、本当におもしろいわね」
「……愚かだ」
取り押さえようとする警察官から拳銃を奪う男。
「次の獲物を探すぞ、イシュタム」
「分かっているわ、タナトス」
男は涙を流しながら、己の額に銃口を押し当てて引き金を引く。
乾いた発砲音が、夜の静寂を切り裂いた。
『兇怖写真』編 完
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