事件解明
一週間後、犬崎は憂の母親が使用している病室へ特定の六名を集めた。
まずは依頼者である憂と、その両親。
看護師であり、今回の写真を撮影した日向。
同じく看護師で第一発見者である大谷。
病院医師であり、カメラを提供した秋山。
「犬崎さん、話というのは? 正直、我々も病院が忙しいのですが……」
「私もだ。わざわざ仕事先に連絡まで……どういうつもりだ!」
秋山や憂の父親が不満を漏らす。しかし犬崎はガムを噛みながら平然と話し始める。
「写し出された怪奇写真と赤ん坊の死に、密接な関係がある事が分かった」
「……何だと⁉」
「やはり悪霊の仕業か……だから僕はすぐに写真を燃やすように忠告を――」
「いや、それは違うぜ先生。悪霊の仕業なんかじゃなく、れっきとした――殺人だ」
「――さ、殺人ッ⁉」
「いいい、一体……誰が⁉」
騒ぎ立つ室内だが犬崎は構わず言葉を続ける。懐から取り出したのは、問題となった怪奇写真。
「隠された真実を明かせば、おのずと分かる」
「真実……?」
「まずこの写真、加工処理されている事には最初から気付いていた。」
「え……えぇええ⁉ 最初から⁉」
驚きの声をあげたのは未夜である。
「問題は、何故わざわざそんな事をしたのか。只の悪戯ならば、どうでもいい。しかし一人の亡くなった命に関わる事で、その様相は変わった」
「だ、誰が……そんな事を」
「分かりきっている! お前だ!
養父から責め立てられる憂。遠くから見ても分かるぐらい、その身体は恐怖に震えていた。
「いいや、犯人は憂じゃない」
「じゃあ他に、誰が私達の赤ちゃんに恨みを持つっていうのよッ⁉」
憂の義母が叫ぶが、犬崎は頭を左右に振る。
「恨みなど、最初から持っていなかったのさ」
「……どういう、意味?」
「とある専門家に、調査をしてもらった」
取り出したのは、リトマス紙と液体の入った瓶。
「本やドラマとかで一度は聞いた事があるはずだ、ルミノール反応。ルミノールは過酸化水素と反応して強い紫青色の発光を示す」
「それが今回の件と、どう関係が……」
「俺は人より目と鼻が良いんで、すぐに気付けた。ある床の一部がへこんでいる事にな」
「いい加減にしろ! 今は写真を偽造した犯人の話だろう⁉ 何を関係のない話ばかり……!」
「関係はある。何故なら床のへこみが発見されたのは、新生児室の中――憂の妹が遺体で発見された、カプセルのすぐ傍だったからだ」
「な、なんですって⁉」
「犯人は憂の妹を持ち上げた際に手を滑らせ、床へ落とした。床のへこみは、その時に出来てしまったものさ」
恐怖で凍りつく室内、犬崎の言葉だけが響く。
「新生児の頭蓋は柔らかいので、床に落とした衝撃で変形か陥没をしたはず。このままでは外傷による死だとバレてしまう。だから隠蔽を図った」
「……まさか……都市伝説を見立てたのも……」
「呪いという言葉で恐怖を与え、原因をあやふやにしたかったのだろう」
「……待ってください。確か新生児室へ入るのには許可が必要だったはず……」
未夜の指摘に犬崎は「その通り」と答える。
「だが病院関係者となれば、それも必要ない」
「つ、つまり犯人は――」
「更に写真加工を施すのにアリバイ立証が出来ない人物となれば一人だけ……説明してもらえるか?
――秋山先生」
全員の視線が、白衣の医師に向けられる。
「……ちょっと待ちなさい。分かっていますか? これは、れっきとした名誉毀損です」
「憂の妹に帽子をプレゼントしたのも、新生児が体温調節をうまく出来ない為じゃねぇ。陥没した頭蓋を見られない為のカモフラージュだ」
「全て貴方の憶測に過ぎない。へこんだ床から妹さんの血液反応が出たから何だと言うんです? まさか血文字で私の名前を書かれていたとでも?」
「おいおい、俺はルミノール反応の説明をしただけで現場で血が流れた話なんて一言も告げてないぜ」
「……な……なに……?」
「それこそ、犯人しか知り得ない情報だ。アンタなら引っかかってくれると思っていたよ」
「ふ、ふざけるな! だったら何の調査を行ったというんだ⁉」
「調べたのは、憂の妹が亡くなった当日に着ていた衣服さ」
「い……衣服……⁉」
「鑑定の結果、アンタの指紋も検出された。新生児は素手で触れる事は出来ない。それなのに何故、発見されたのか――大谷さん」
「は、はい!」
「事件当日、無菌室に準備されていた手袋は在庫を切らしていた。間違いないか?」
「は、はい。間違いありません」
「アンタは何らかの理由で妹を抱こうとしたが、手袋を発見出来なかった。やむを得ず素手で抱き、不幸にも床に落とし死亡させてしまう」
「ち、違う! 私は……私は、殺してなど……!」
「弁明は、警察署でするんだな。未夜、通報しろ」
「は……はい……」
犬崎が話を終え、病室から立ち去ろうとした次の瞬間――。
「う……うァアアァアアアッッ‼‼」
秋山が怒りの形相をしたまま傍に置かれた花瓶を掴み、犬崎に向けて振り下ろす。それを簡単に避けると、勢い余った秋山は床へ転がってしまう。
「おいおい、これ以上罪を重ねるなよ」
「うるさいッ! 俺の経歴をこんな所で……こんな事で汚されてたまるかぁッ‼」
「きゃあぁぁあっ!!!」
秋山は花瓶を床へ落として割り、破片の切っ先を病室にいる全員へ向ける。
「口封じだッッ! ここにいる全員ッ! 殺スッ! 殺してやるッッ‼」
正気を保てていない秋山。その瞳は血走り、充血で赤く染まっていた。
「やれやれ……めんどくせぇな」
犬崎は一歩前に躍り出ると、口に含んでいたガムを包み紙の中へ吐き出す。
「死ネェェエエエェエッッ‼‼」
「犬崎さんッ‼」
再び襲いかかる秋山。その凶器が犬崎の身体に突き刺さる直前、脅威の速度で掌を叩かれる。
「――へ? ひ、ぎいぃいいいいッ⁉」
何が起こったのか分からず、破片が床に置いているのに気付いてから猛烈な痛みに襲われる。掌を押さえ、苦悶の表情で身を屈める秋山。
そんな彼の目前、息がかかる程の至近距離に犬崎は立つ。その眼は、紅の光を放っていた。
「……ぁ……あああ、あ……悪魔……ッ!」
秋山は恐怖で泡を吹き、倒れてしまう。
「悪魔と間違えるんじゃねぇ、俺のは憑神――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――それから数分後、数台のパトカーが病院に到着。犬崎は「面倒事は御免だ」と言い残し、足早に姿を消していた。未夜もそれに続く。
「どうしたんですか? 事件は解決したのに、浮かない顔をして」
言われる通り、犬崎は渋い顔をしながらガムを噛み続けていた。
「……依頼は妹を成仏させてやりたいって内容だった。それが達成したのかしてないのか、ハッキリしねぇからモヤモヤする」
「確かに成仏出来たのかどうかなんて誰にも分かりませんけど……でも」
「でも、なんだよ?」
「憂ちゃんは、犬崎さんのおかげで救われた気持ちになってると思います」
微笑む未夜。その言葉に犬崎は「……どうだか」と答える。
世界を覆う夜の空を見上げると、今日はいつもより星が輝いてみえた。
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