院内調査

 目的地である病院に到着した犬崎達は、写真を撮影した女看護師の元へと向かう。


「ちょっと話を聞かせてもらいたいんだが」


 看護師は「はい?」と言って首を傾げたが、すぐに憂の姿を見て笑顔を作る。


「憂ちゃんの知り合いの方ですか? 珍しい……あ、ごめんなさい。お話というのは?」


 看護師の胸にはネームプレートが付けられており、日向ひむかいと書かれていた。


「これ、アンタが撮影したので間違いないか?」


 そういって犬崎が例の写真を見せた途端、看護師の顔色が変わる。


「え、ええ……そうですけど」


「撮影したカメラってのは、まだあるのか?」


「いえ、お借りしたものだったので、私の手元にはありません」


「借りた? 一体、誰から」


「秋山先生です。撮影が趣味のようで、立派なカメラを渡してくれただけでなく、行きつけの写真屋があるからと現像までしていただいて」


「秋山っつーと……」


 憂に目線を向けると、小さく頷かれた。彼女との話に出てきた仲の良い先生、写真にまつわる都市伝説を語った人物と一致する。


「成程。ちなみにだが、このカメラでこの写真以外も撮影をしたか?」


「しました。ですが他のものには異常ありませんでしたけど……それが何か?」


「分かった、邪魔したな」


「……え、もういいんですか?」


 困惑する未夜達をほっておき、犬崎は次の場所へ向かう。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「アンタが、秋山先生?」


 回診の途中だった秋山に犬崎は話しかけた。


「えっと……あなたは?」


「犬崎という。コイツの知り合いだ」


 犬崎は後ろに佇む憂を指さす。


「憂ちゃん、心配していたんだよ。妹さんの件……辛かったね」


「……はい……」


 秋山は憂の目線まで腰を曲げ、言葉をかける。


「ところで例の写真、もう破棄したかい?」


「えっと……」


「その写真の事について、聞きたい事があってな」


 犬崎は写真を取り出し、秋山の前でペラペラと動かしてみせた。


「まだ捨ててなかったのか……はやく燃やしなさい。そして早くお祓いに。そうしないと――」


「悪霊に殺されるってか?」


 秋山は犬崎を流し見て、嘆息まじりに話す。


「医師として、こんな馬鹿げた事は言いたくないが……彼女の妹さんは悪霊に殺されたに違いない」


「その都市伝説を、いつ知った?」


「学生だった頃に聞いた話だよ。誰からまでは、悪いが覚えていないけどね」


「撮影した看護師にカメラを渡し、現像までしてあげたらしいが」


「ええ、行きつけの写真屋へ持っていきましたよ。ちょうど帰り道ですし、憂ちゃんのお母さんが楽しみにしていると聞いたので」


「現像された写真をアンタは確認しなかったのか? 撮影したカメラは、今どこに?」


「確認しなかったのは、こちらの落ち度だよ。こんな事になったからね、カメラは写真屋へ修理を頼んでいる」


「それにしても、先生は随分と若く見える。まるで学生が白衣を着ているみたいに」


「背も高いし、モテるんじゃないですか?」

 

 未夜が横で頷き、犬崎の話に同意する。


「いや全然、恋人もいませんし。僕はここの院長の息子でしてね。海外の医大を卒業してすぐの新米なんです」


「いわゆる七光りってヤツですか」


「犬崎さん、失礼ですよ!」


「あはは、これは手厳しい……おっと、話しすぎてしまった。まだ回診が残っているので、失礼」


 秋山は会釈後、三人の前から立ち去っていく。


「格好いい人ですね。憂ちゃんが好きになるのも、無理ないなぁ」


「そ、そんな……そんなんじゃない、です」


 憂の顔は、真っ赤に染まっていた。


「それで犬崎さん、これからどうします? 写真を撮った看護師さんからも、秋山先生からも話をそ窺いましたが」


「まだ話を聞いてないヤツがいる」


「え? 誰ですか?」


「――憂の母親だ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 憂に案内を頼んで病室へ向かう。相部屋のようだが憂の母親一人で使っているらしい。その理由を早々に理解する。


「……は? 誰よアンタ。もしかして泥棒? それとも変態? ふざけんじゃないわよッ! 警察を呼ばれたくなければさっさとここから出ていけッ‼」


 いきなり罵声を浴びせられ、傍にあったペットボトルを投げつけられてしまう。情緒が不安定になっているのだ。


「……アンタ……! よくも、ぬけぬけと!」


母親は憂の顔を見て、更にイカリを露わにする。憂は怖がり、未夜の後ろに身を隠す。


「そうイキりたつなよ。この写真について話を聞いたら、さっさと出ていくからさ」


 犬崎が写真を見せると母親は眼を見開き、物凄い勢いで布団をかぶり背中を向けた。


「そっ、そんなモノ見せんなッ! おぞましい!」


「何か知ってる事があれば話を聞かせてくれ」


「知らない! 私は何も知らない!!」


 布団は微かに震えている。本気で怖がっている様子。さてどうしたものかと困っていた矢先。


「――ょ――」


 母親が何か囁くので、未夜達は聞き耳をたてる。


「あたしの赤ちゃん……アンタが死ねばよかったのよ……アンタが……アンタが殺したんでしょ……? 返しなさいよ……あたしの……あたしの赤ちゃんッ!‼」


「――――ッ‼」


 耐えられなくなり、憂は病室から走り去る。


「憂ちゃん!」


 すぐに彼女を追いかける未夜。病室には、犬崎と母親だけが残された。


「アンタの心中は察する。だが憂も苦しんでるぞ」


「なにを……! アイツは赤ちゃんが死んで清々してるわよ! アイツが殺したんだから‼」


「俺は探偵をやっていて、憂から仕事を受けた。内容は、死んだ赤ちゃんを成仏させてあげたいってモノだった。自分が散々ヒドイ目にあってきたにも関わらず、な」


「はぁ⁉ 探偵? 依頼? ふざけんなっ!」


「アンタは憂の母親になる事を選んだんだろ。その責任を最後まで果たすべきじゃないか」


「母親? 責任? 見ず知らずの他人にとやかく言われる筋合いないわよッ! さっさと消えろ!」


「ああ、そうするよ。悪かったな突然押しかけて。だが一つ……憂は今もアンタを母親だと思ってる」


「……ふ、ふざけんな……!」


 尚も震える布団を見つめ、犬崎は静かに病室から出ていく。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ちったぁ落ち着いたかよ?」


 犬崎が向かったのは病院屋上。ベンチに腰かける未夜と憂に声をかける。


「よくここにいるって分かりましたね」


「オマエの匂いを辿りゃ簡単だ」


「……え、嘘……」


 未夜は自分の体を嗅ぎ始める。


「おいガキ、まだ調査を続けんのか? もし今やめるっつーんなら、キャンセル料なしでいい」


「えぇえ⁉ お金に汚い犬崎さんが⁉」


 憂は屋上から見える街の光景を眺めていたが、小さく頷いた後にハッキリと答えた。


「……続けて下さい」


「気持ちは変わらずか。いいだろう」


「私も協力するからねっ」


「あ、ありがとうございます」


 頭を深々と下げる憂。


「とはいえ、どうしますか? 犬崎さん」


 お世辞にも事件に繋がる話を聞き出せたとは言い難い。憂のいう通り、妹の死と写真に関係性は無いのだろうか。それとも悪霊の呪いは実在しているのだろうか。


「不本意だが、奴の手を借りるか……」


 大きな溜め息をつきながら、犬崎は携帯を取り出し操作を始める。誰かにメールを送ってるようだ。


「憂の妹が亡くなっているのに気付いたのは、新生児室にいた看護師だったよな」


「はい、そうです」


 確認を取ると、犬崎は無言で現場へ向かう。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ――生まれたばかりの子供達がカプセルの中で泣き声をあげている。どれも驚く程に小さく、未夜に至っては瞳を輝かせながら生命の神秘に感動している様子だった。


「コイツの妹が亡くなった件について、第一発見者の看護師から話を聞きたい」


 犬崎が受付で訊ねる。しばらくすると、中年の女看護師が姿を現す。


「遅くなりました、リーダーの大谷おおたにです」


「アンタが、第一発見者?」


「その通りです。憂ちゃんの御両親には十分な説明をさせてもらったつもりなのですが……」


「改めて何時、どこで亡くなっていたのか聞かせてほしい」


「あちらの空カプセルを使われていました。早朝の出来事です」


「死因は?」


「心臓発作です。未熟児で、身体が弱かった事も知っていたのに……後悔しています」


「この新生児室、誰でも入室可能なのか?」


「いえ、そんな事はありません。どうしてもという場合は近親者のみ、様々な手続きを踏んでもらう必要がありますね」


 ガラス越しから犬崎は室内を見回す。


「常に誰かが常駐している?」


「そうですね、大人と違って赤ちゃんは何かあっても自分で動けませんから。監視カメラでも設置すれば解決するかもしれませんが、そこは親御さんも含めて賛否ありまして……」


 プライバシーの問題など色々ありそうだ。


「……ちょっと気になる点があるのだが」


 犬崎は看護師に耳打ちで何かを聞く。すると相手は驚いた表情を見せ「そうです」と答える。


「引き継ぎの際に報告をしたので、伝達はされていると思いますが――」


「あの、すみません先輩」


 話の最中、別の女看護師が割り込んできた。


「手袋の在庫ストックどこに置いたかご存知ですか? 見当たらなくて」


「今ちょうど切らしてて。発注はしてるから、今日中に届くはずよ」


「わかりました、ありがとうございます」


「――ちょっと待ってくれ」


 立ち去ろうとする看護師を、犬崎が引き留める。


「その手袋が切れた日ってのは、いつだ?」


 聞くとどうやら、憂の妹が亡くなった当日に在庫切れが発覚した様子。最後の一枚を使ったのは、大谷だったと言う。


「あの、そろそろよろしいですか?」


「ああ、仕事の邪魔をしてすまなかった」


 そう言って犬崎は新生児室を後にする。


「何か分かったんですか?」


 未夜の問いに犬崎はガムを取り出し、口に放り込みながら「ああ」と答えた。


「赤ん坊が死んだのは怨霊のせいでも偶然でもない――殺人だ」


「さ、殺人……⁉」


「い、一体、誰が!」


 犬崎は不適な笑みを浮かべながら呟く。


「フン、面白くなってきやがった」

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