依頼
ドンドンドン! ドンドン‼
扉を乱暴に叩く音は、かれこれ十分以上も続いている。ハードボイルドな職業柄、有名人になればなるほど命を狙ってくる輩も多くなる。それは仕方のない話だと彼は言う。
「しかしそんな奴らをいちいち相手になどしない。何故かって? 向こうの為さ。俺を敵にまわして、無事に済むわけがないからな」
「犬崎さん! 家賃が三ヵ月も滞納されてるんだけどね! いるのは分かってんだよ! 今日こそ耳を揃えて払ってもらうからね! このままで無事に済むと思ってんのかい⁉」
ドンドンドンドンドン‼
「……ああ、気にしなくていい。とにかく、そんな俺の事務所に多くの依頼が飛び込んでくるのは必然というべきなのさ」
彼は机の上に置かれた電話を引き寄せ、伝言再生ボタンを押す。
「さて、今日の依頼はなんだ? 巨大シンジケートの内部調査か? 大統領殺害の犯人を突き止める仕事か? 消えた時価数億円という宝石の行方を探す仕事だろうか?」
――ピー。
『 伝言0件 デス』
「………………」
ドンドンドンドンドン‼
彼の名は
職業――探偵。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――三十分以上も扉を叩き続け、やっと観念したのだろう。大家の姿は消えていた。
犬崎はそっと廊下を確認して、安堵の息を吐く。
「しつこいんだよ、まったく……気を取り直して、パチンコでも打ちに行くか」
懐からガムを取り出して口の中へ放り込んだ瞬間、背後から声をかけられる。
「なにやってるんですか、犬崎さん」
「――ッ! お、大家か⁉ いや違うんだ! 家賃は必ず今月中に――」
慌てて振り返ると、そこには女子高生の姿。
「なんだ、オマエか……ビビッて損したぜ」
「なんだとは、なんですか! 本当に失礼ですよね、犬崎さんって!」
手足をバタつかせて怒る彼女の名は、
「こっちは忙しいんだ。遊んでやる暇ないから、どっか行け」
「聞こえてましたよ、パチンコがどうとかって。仕事もせずに遊んでばかりでどうするんですか!」
そんな未夜の言葉を犬崎は「うるせーうるせー」と呟きながら両耳を塞ぐ。
「……それは、そうと」
犬崎は微かに鼻を動かしながら、少し離れた電柱を指さす。
「あそこにいるのは誰だ?」
「――――っ!」
すると電柱の陰から、怯えた表情の女子が姿を現した。
古びた服を着ており、髪は腰まで長い。病的な程に痩せて風が吹けば飛んでいきそうな印象。
「もう、怯えているじゃないですか。憂ちゃんは繊細なんですから、気をつけてください」
「そんな事は知らん。コイツは誰だと聞いている」
「彼女は、
「あっそ。んじゃ、俺はパチに行く」
「あ、あの……! 待って下さい……」
立ち去ろうとする犬崎を、憂が引き留める。
「……探偵さん、ですよね? 如月さんから窺って……い、依頼を……受けて欲しくて……」
「依頼だぁ? 何を吹き込まれたのかしらねぇが、遊び半分で適当な事ぬかすんじゃ――」
「遊び半分じゃありません!」
憂の大声が辺りに響く。
「――あ、ご、ごめんなさい! でも……本当に困ってて……」
困っているのは分かった。けれど犬崎の気分は乗らない。正直、面倒くさいのでこちらも大声を出して追い払ってやろうかと思った時。
「事務所の家賃、払えてないんですよね?」
耳元で未夜が囁く。
「仕事をより好みしている余裕あるんですか?」
「……て、テメェ……!」
正論を叩き込まれ、犬崎は何も言い返せない。
「貴方が、今、やるべき事はなんですか? ん?」
「ぐぐぐ……わ、分かった……事務所に入れ……」
「はーい、どうぞどうぞ憂ちゃん。汚い所で、ごめんねぇ」
さっさと中へ入っていく二人を尻目に、犬崎は大きな溜め息をついてみせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
事務所内、犬崎は机に足を放り投げたいつものスタイル。憂は傍のソファに腰かけ、未夜は台所で三人分のお茶を用意していた。
「……んでぇ、依頼内容はなんだよぉ」
やる気なく犬崎が訊ねる。
「これを、見てください……」
憂はテーブルに一枚の写真を置く。
「何何? 私にも見せてください」
お茶の用意が出来た未夜が興味津々といった様子で写真を覗き――表情が一変させた。
犬崎が人差し指を動かし、こちらへ持って来いとジェスチャー。それを察した憂が写真を手渡す。
「顔が潰れてんな」
「心霊写真ですね……うぅ」
両肩をさすりながら恐怖する未夜。
「オマエの両親か? 全然似てねぇけど」
「私……実の娘じゃないんです。だから」
「とりあえず事情を話せ」
憂が話すのを犬崎達は黙って聞いた。
「……地獄に落とす写真、ねぇ」
「憂ちゃんの両親……ひどいです……」
「所詮は使い捨てのおもちゃ感覚でしかなかったんだろ。新しいおもちゃが手に入れば、古いモンはゴミ箱行きってな」
「そんな言い方――」
「で? 妹が地獄にいったとして、俺に何を依頼するっていうんだ?」
「納得のいく答えが知りたくて……本当に先生が話してくれた怨霊に妹は殺されたのかどうか……」
「それに犬崎さん。このが呪われているとしたら、憂ちゃんの身も危ないんじゃ……」
「私はいいんです。生きていても価値……ないし」
「そんな事っ――!」
「……いいぜ、分かった」
反論しようとする未夜に割って入るように、犬崎が答える。
「この依頼、引き受けよう」
「犬崎さん!」
「あ、ありがとうございます……!」
「まずは聞き込みだな。とりあえず病院へ行くぞ。この写真を撮った女看護師、そして都市伝説めいた話をした医師に話を窺う。ついてこい」
「「はい!!」」
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