『兇怖写真』編
お母さんのお腹の中には小さな命が宿っている。
両親と私との間に血の繋がりはなく、顔ですら見た事はない。この世に生まれ落ちた瞬間、私は捨てられたのだから。
施設で育ち、今の両親に拾われたのが小学生の頃。子供を産みにくい身体だったお母さんは、私の事を本当の娘のように、それはそれは可愛がってくれた。お父さんも私を愛してくれていた。
……それが去年までの話。
医師から受胎されている事を聞いたお母さん達は涙を流して喜んだ。私も嬉しい、はずだった。
翌日から私への態度は一変される。こちらから話しかけても無視をされるようになり、食事を用意されなかったり家に鍵をかけられて寒空の中で一晩を公園で過ごした事も。
私は、誰からも愛されなくなったのだ。
お母さんはお腹をさすりながら、幸せな家庭生活を想像して胸を高鳴らせている。お父さんは、お母さんのお腹に耳を当てて子供の名前を考えている。
私は、そんな二人を病室の隅で眺めながら笑顔を作っていた。
「……何を見ているの? 目障りなのよ、どこかに行きなさい」
最近は名前すら呼んでくれなくなった。
私は、不要になったのだ。
――数ヶ月後。ついに妹が生まれた。我が子を愛おしそうに抱きしめる二人の姿。そんな時、女の看護師さんが余計な事を言い始める。
「家族全員で記念撮影をしましょう」
家族、そこに私も含まれているのだろうか。遠慮する私を看護師さんは強引にフレーム内へ移動させた。他人の前だと良い格好をしたいのか、二人は何も言ってこない。ただ冷たい視線が肌に突き刺さるのを感じていた。
「では、いきますね。はい、チーズ」
女性が持つには随分と立派なカメラのシャッターが切られ、撮影は終了。レンズ越しに、自分の偽った心まで見透かされ写ってしまうのではないかと思い、怖くなってしまう。
――それから一週間が経過したある日。お母さんは看護師さんに尋ねたらしい。
「写真、まだ出来ていませんか? 楽しみにしているんですけど」
お母さんが売店でハサミを購入していた事を思い出す。当然、写真に写る私を切り抜く為だ。
「あ……写真、ですか……えっと……実はちょっとカメラトラブルがあったみたいで」
「トラブル? どんな?」
「それは……あの」
「いいから見せて下さい。お願いします」
看護師さんは渋々、写真を病室に持ってくる。それを見た瞬間、お母さんは態度を急変させた。
「……なによ……これ……どういうつもり⁉」
ついには看護師さんへ罵声を浴びさせ、泣かせてしまうまでに発展。
「そんな物! 早く捨てて‼」
後ろから羽交い締めにされて病室を後にするお母さん。私は床に落ちた写真を拾い、覗いてみた。
(……これは……)
なんと抱きかかえられた赤ちゃんの顔だけが――醜く、歪んでいる。
どうせ捨ててしまうのならと、私はこっそりその写真を懐へ忍ばせた。初めての家族写真という事もあるが何より【心霊写真】の存在に心が躍った。
――ある日、病院屋上で写真を眺めていると突然頬に冷たい感触が伝わった。
「――――っ!」
慌てて振り向くと、オレンジジュースを差し出す白衣の男性が立っていた。病院の先生である。
「あはは、驚かせちゃったね。ごめんごめん」
先生は、こんな私にも声をかけてくれる唯一の存在。先日も妹にお洒落なニット帽をプレゼントしてくれた。
先生が言うには、生まれて間もない赤ちゃんは体温調節がうまくいかないから帽子を被せてあげるのがいいのだそうで、お母さん達も帽子を脱がそうとしない。
「すごく集中していたけど、何を見ていたの?」
私の隣に腰掛け、もう片方の手に持つ缶コーヒーのプルタブを開けながら先生は聞いてくる。
「えっと、あのっ」
隠そうとしたが、写真を覗き見られてしまう。
「これは……」
眉根を寄せる先生。こんなに真剣な表情を見るのは初めてだ。
「この写真……捨てたほうがいい」
「でも、私にとって初めての家族写真なんです」
「そっか……でもね、さっきの写真には悪い気を感じるんだ。持っている限り、君にも悪霊の呪いが降りかかるかもしれない」
「悪霊……呪い……?」
「赤ちゃんの顔が歪んでいただろう? こんな話を聞いた事がある。
とある夫婦が新婚旅行中、記念撮影をした。写真を現像すると妻の顔だけ潰れていて、その妻は数日後に謎の死を遂げた。
夫は写真になにか原因があるのではないかと思い、有名な霊媒師にお願いしてみる事にした。すると霊媒師は、写真を見るなりこう告げた――」
「……な、なんて……?」
「――残念ながらあなたの奥様は
地獄に おちました」
ぶるりと背中が震えてしまう。
「……いいかい? 写真は捨てるんだ。そして君も御両親も、一度お祓いにいったほうがいい」
先生はコーヒーを飲みほして去って行く。
――そして、その日の晩。
生まれて間もない私の妹は
……謎の死を遂げた。
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