憑神探偵

不穏

　――深夜、とある留置場一室。

　渡部健吾は鉄格子から外の月を眺めていた。そして何度も何度も思い返してみる。

　自分は何故、この場所にいるのか。

　ここ数日間の記憶がまるでなく、気がついた時には病院のベットの上だった。

　身体に問題がない事を医師から告げられた直後、数人の警察官が現れ、有無も言わせないまま手錠をかけられ連行された。

　近々、精神鑑定など行うらしいが、自分の話など向こうは聞いてくれないだろうし、信じてくれないと思う。

「なんで……なんでこんな事に！」

　頭を抱え、涙を流す。ほんの数日前まで、大学に通い彼女が出来て……毎日が充実していた。それはこれからもずっと続くものだと思っていた。なのに何故――。

　二人の女性を殺害した容疑をかけられているが、彼女の他もう一人の女性に面識は無かった。しかし警察は、どちらの殺人も自分がやったのだと言う。

「俺は何もやってないって、言っているのに！」

　辺りを見渡すと、格子先の通路に一台のテレビが置かれているのが見える。先ほど警察官が、警備室のテレビの調子が悪いので近々修理に持っていくと話してたのを聞いた。

　今後はテレビを観る事もなくなってしまうのかと更に落ち込みを増していた時――異変が起こる。

――ブツンッ……ザザザ……

　それはいきなりの事だった。急にテレビの電源がついたかと、砂嵐の音が聞こえてきたのである。

　故障したテレビだと言っていた。勝手に電源がつく事もあるのかも知れない。

　渡部は、ただぼんやりとテレビの砂嵐を眺める。いや、何か目を離してはいけない錯覚に囚われていた、次の瞬間。

　……ザザザ……――ブンッ！

　砂嵐から画面が切り替わった。番組が開始されたのかと思ったが、様子が違う事に気付く。

　白と黒の色彩に不思議な風景。そして能面を被った人間と微かに聞こえてくる人の声。

(……なんだ？　何の番組だ？)

　画面は次の映像に切り替わる。浮かび上がる名前を読み上げていく画面に――。

「おい、ちょっと待て……これは……誰か！　誰かいないのか⁉」

　大声をあげるが、誰からも反応がない。

「誰もいない⁉　ここは警察署だぞ⁉」

その間にも、テレビは名前を読み上げていく。

「守衛ッ！　誰か！　誰でもいい！　誰かッ‼」

　そして、ついに最後の名前を読み上げる。

『――渡部健吾

　今◎　丿死亡　者　ハ以　上　de巣

　ソﾚ　で ㇵ　皆さ　　NNNN

ｦ　耶　す　彡　ナ　sa　ィ゙――――――』

渡部は大学で最近噂される、都市伝説を思い出す。

【　死　亡　宣　告　】

「バカな⁉　そんな事があるわけ……！　起こる、わけが……‼）

　そして渡部は気付く。テレビのコンセントが――繋がっていない事に。

　……ザー……ザザーザザッ……ザリザリザリザリザザザザザザザ――――

　目を背けたい！

　しかし背けられない！

　どうなってる⁉

　なんだ⁉

　なんだこれは‼

　そんな事あるわけ――

　あ、ああ、

　あぁぁあああぁぁあああ

「ギャアアアァァアアアァアアァァッッッ‼‼」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

　――街を一望できる程の高さを持つ鉄塔の上に、二つの影が存在した。

　影達は遠く留置所の方向を見据えると、微かに唇を歪ませる。

「おかえりなさい【タナトス】」

　その女性は真っ黒な服装に長い髪と赤い瞳を持っており、なにより一際目につくのは、その首に巻かれた一本の縄だった。

「順調だ。かなりの魂を捕らえる事が出来た」

　もう一方、タナトスと呼ばれる影は男だった。女と同じく黒い服に赤の瞳、そして腰には時代錯誤ともいえる一房の刀が携わっている。

「そろそろ頃合いかしら」

「既に事は始まっている。近き未来、この世界は恐怖と破壊、そして死に包まれる」

「あの方も、さぞ喜んでくれるでしょうね。さて、次はどんな手を使おうかしら」

「行くぞ、【イシュタム】」

　男はそう告げると、地上から百メートルは離れている鉄塔の上から飛び降りた。

　続けてイシュタムと呼ばれた女性も、後を追って大きく跳躍する。

　二つの影は巨大な満月に一瞬照らし出されると、すぐに闇の中へと、かき消えていった。

　『死亡宣告』編　　完