結末

 ――数日後、冷たい部屋の一室。


 中央には上から白いシーツをかけられたストレッチャーのような台が置かれており、それを囲う様に未夜と数人の男性が立っていた。


「よろしいですか?」


 男の声に未夜は、無言で頷く。


「では、ご確認下さい」


 男がそっとシーツをめくり上げる。その下から現れたのは――女性の死体。


 鼻につく臭いが途端に室内に蔓延し、男達は思わず顔をしかめる。しかし未夜だけは、しっかりと下唇を噛みながらその女性を見下ろす。


 土気色に変わった肌、両肩、両腿の先には『あるべきはずの物』が無かった。


「……間違いありません。ありがとうございます」


 ――数十分後、警察署から出てきた未夜は犬崎の姿を見つける。


「どうしたんです? 警察とは関わりたくないんじゃないんですか?」


「……別れは告げたか?」


「そう、ですね。お姉ちゃんの分まで、しっかり親孝行するから心配しないでねって、伝えました」


「そうか」


「それにしても」


 未夜は疑問だった事を聞いてみる事にした。


「どうやって渡部さんが犯人だと分かったんですか?」


「確証はなかった。だが都市伝説を装ってる事は分かってたからな。探すより、相手のほうから来させるほうが手っ取り早いと考えただけさ」


「私は都市伝説に殺されたと思ってましたよ」


「匂いだ。お前の姉ちゃんの部屋に描かれた血文字だが、血の匂いなどしなかった。おそらくペンキか何かだろう」


(匂い……さすがは犬の事だけあるなぁ。あれ? 狼だっけ?)


 そう思った未夜だが、口には出さない。


「ついでに部屋がめちゃくちゃになってた時、あるモノがなかった」


「あるモノ?」


「部屋を荒らす際に使った、凶器だ」


「あ、そういえば」


「女一人の力で部屋をめちゃくちゃにするとしたら至難の業だ。時間をかければ不可能でもないが、隣の住人はその物音を聞いていない。つまり一日かけずに犯人は部屋を荒らした事になる」


「そうですね。恐怖で部屋を荒らすくらいなら部屋から逃げたほうが早いし……アリバイ工作みたいなものですか。でも、お姉ちゃんが凶器を持ってどこかに行ったとは考えなかったんですか?」


「それなら何者かに追われてたと考えられる。幽霊に凶器が通用するとは、普通の奴なら思わねぇ。渡部からしてみれば、今回の死亡宣告は自分の犯行や凶器を隠す良い材料になったワケさ。ただ追い詰められるプレッシャーに勝てずボロが出た」


「私が探偵である犬崎さんを呼び、お姉ちゃん失踪の調査をしている事を知って焦ったんでしょうね」


「テレビ局の帰り際に、オマエに頼んでいた事があっただろ?」


「ええ、あれって何だったんですか?



友達の家に泊めてもらいましたけど……」


「渡部が何か仕掛けてくると思ったんだ。そして案の定、奴は盗聴器を仕掛け、未夜の部屋のテレビに細工をした。録画再生されるテレビ、操作の効かないリモコンやボタン……恐怖を煽れば未夜は退くだろうとな」


「もし私が退かなかったら……?」


「行方不明者の仲間入りだったかもな」


 未夜の背筋に冷たいモノが走った。


「まぁ、オマエの身に何かあっちゃいけないからな。だから部屋に戻るなっつってたんだ」


「――――えっ」


 一瞬ドキッとする未夜。


 犬崎はガムを口に放り込みながら言葉を続ける。


「オマエがいなくなったら……誰が今回の報酬を払うんだって話だ。今月、ガス代や電気代が止められそうで――痛ぇ⁉」


 未夜の蹴りが犬崎の尻にクリーンヒットする。


「いきなり何すんだ!」


「ふーんだ!……でも、犬崎さんには感謝してます。ありがとうございました」


 深々と頭を下げる未夜と目線を反らす犬崎。


「感謝の言葉なんざ、どうでもいい。ちゃんと形にしやがれ」


「か、形って……まさか私の身体を……!」


「何言ってんだ、ガキが」


 犬崎はクンクンと鼻を動かし、ビシッと前方を指差す。その先には営業中と書かれたラーメン屋台。


「ハラ減ってんだ、オゴれ」


 その言葉に未夜は呆然としたが、しばらくして笑顔で告げる。


「替え玉は無しですよ?」

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