事件究明

――それから数時間が経過した頃。真っ暗な部屋で犬崎は起き上がり、辺りを窺う。


 少し離れた位置にベッドがあり、そこから小さな寝息が聞こえてくる。


「おい。起きろ、おい」


「――う………うぅ……ん?」


 軽く呻き、うっすらと目を開けた未夜は驚きの声をあげてしまう。


「ちょっ⁉ な、な、何ですか犬崎さん⁉」


「静かにしろ――来るぞ」


 犬崎の言葉が合図になったように、触れていないテレビの電源が入る。


「……え……?」


 そして、テレビの画面の中の砂嵐の映像が真っ白の画面に切り替わる。そこに浮かび上がったのは『如月 未夜』という文字。


「け、けけけ、けん……犬崎さんッ! こ……これ……し、しし、死亡宣告ッ!! わ……私の……な、名前がッ!」


「動くな、静かにしろ」


 犬崎は目を閉じ、その場に佇む。張り詰めた空気が流れる次の瞬間。


「――――そこか!」


 何かを捉えた犬崎は窓を開けると、未夜を正面に抱えたまま外へ跳躍。


「ふぇっ⁉ え……⁉ きゃああぁあああっ⁉」


 突然抱きしめられた事による驚きの声は、一変して恐怖の悲鳴へと変わる。自殺行為と思われたが、なんと犬崎は壁を蹴り寮の屋上へ移動した。これに未夜は混乱するしかない。


 屋上へ降り立つと、すぐに犬崎は不審な人物を捉えた。作業用らしきツナギの服に帽子を深く被っている為、相手の素性は分からない。だが突然現れた犬崎達に動揺している。


「清掃業者や修理業者にでもなりすましているつもりか? 時間を考えろ」


「……ッ!」


「け、犬崎さん……これって」


 抱えられた腕を解かれ、自分の足で立った未夜は恐る恐る犬崎に訊ねた。


「察しが悪いな。今俺達の前にいる相手こそ、死亡宣告事件の犯人さ。なぁ、そうだろう?




――渡部健吾!」




「え……ええっ⁉」


 驚きながら未夜は目を凝らし、相手を見る。犬崎の言う通り、どうやら渡部に間違いなさそうだ。


「……は……ははっ……」

 

 当の渡部は、微笑を浮かべながら話す。


「な、何をバカな事を、い、言っているのかな? ぼ、僕は偶然っ! たまたまっ! ここを通りかかってッ!」


「おぃおぃおぃ、勘弁してくれよ。オマエは偶然たまたまで、男子禁制の女子寮の屋上にいるのか? だったらその手に持ってる機械は何だ?」


 渡部の右手には、小型の機械が握られていた。


「そいつは盗聴器の受信機さ。こちらも仕事柄、よく知っている。おおよその設置場所もな」


「ば、バカなッ……ちがッ……い、いやッ! 確かにこれは盗聴器だッ! だがそれはッ! 彼女をストーカーの魔の手から救い出そうとッ……!」


 犬崎は、やれやれと溜め息をついてみせる。


「自分の手をしっかり見ろ。それこそ、彼女を脅かす魔の手なんだよ」


「……ぐ……ぐぐッ……!」


「渡部さん……どうして、どうしてこんな……」


「うぅ……! ぐ……! ぐ……き……キ……!」


 俯く渡部の身体が微かに震え、歯ぎしりに似た音が聞こえた次の瞬間。


「クキケケケカキキクケケケケケケーーッッ!」


 突如、犬崎に向かって襲いかかる渡部。その手には懐に忍ばせておいたサバイバルナイフ。


「犬崎さんッッ!」


 刃は犬崎の顔面を捉えていた。しかし直前で動きが止まる。


「――――クケケ?」


「遅いんだよ」


 なんと犬崎はナイフを持った渡部の腕を掴んでいた。そのまま力を込め続け、最後には――。


 ギリギリギリ――ボキンッ!


「ッッ⁉ がぁああぁああッッ⁉」


 夜の屋上に、鈍い音が響いた。喚き散らす渡部に対し、犬崎はしかめっ面で呟く。


「うるせぇ。ちょっと黙っとけ」


 渡部の腹へ犬崎は蹴りを炸裂。その威力は凄まじく、まるで車に轢かれた如く渡部の身体は宙を浮き、十メートル先のフェンスへぶつかる。


「ご……ふ……ッ!」


 そのまま渡部は気を失ってしまう。


「け、犬崎さん……その姿って……」


 信じられないものを見るような未夜の表情。実際その通りだった。犬崎の髪が一瞬にして白――否、輝きを放つ銀髪へと変わっていたのだから。


 振り返り未夜を見つめる瞳は、燃える様な紅眼。


「しまった、思わず血が滾っちまった」


 ボリボリと頭を掻いてみせる犬崎の爪は、いつの間にか鋭く延びていた。


「俺の身体の中には神様がいるのさ。【憑神ツキガミ】ってんだが。その名前がまた、長ったらしくてさ。


瞬天動星大御神臥怨吏竜しゅんてんどうせいおおみかみふぇんりる


……まぁ、別に覚えなくていいぞ」


「おおかみ……フェンリル……?」


 未夜は驚きを隠せないでいる。


「……っと、ここまでか」


 突然、犬崎の髪が元の黒色に戻る。それだけではない。瞳も爪も全て最初の姿へと変わった。


「ぼけっとすんな。さっさと警察を呼べ」


「警察……あ! 警察! は、はいっ」


 未夜は慌てて警察に連絡を行う。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ――三十分後。一連の事情を未夜が警察に説明し、渡部は署へと連行。


 犬崎は「警察と関わりたくない」と告げて全てを未夜に押し付けてこの場を去っていた。

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