二人きりの夜
それから数日が経過した、ある日。
本日の授業も全て終わり、未夜は上履きから靴に履き替え帰路の準備を行っていた。
最近落ち込んでいる彼女を元気づけようと、仲の良いクラスメート達が後に続く。
「アケミ、また彼氏とケンカしたってさ」
「ケンカ出来るだけいいじゃんね。はぁあ……」
他愛ない会話をしながら校門を出ると、そこには未夜の知った顔が見えた。
「あれは……! ちょ、ちょっとごめん!」
街路樹に背を預け、腕を組んでガムを噛む男の名を呼ぶ。
「犬崎さん!」
「おう、未夜」
「ど、どうしたんですか、こんな所で!」
まさか姉が見つかったのではと気が逸る。
「パチンコで勝ったから、飯でもオゴってやろうかと思ってな。いやぁ、まさか千円で確変引くとは」
「ぱ、ぱちんこ……?」
ガックリと落胆する未夜。更に後方から「えー、未夜いつの間に」「あれって、彼氏?」などと
「と、とととりあえず、ここから離れましょう! 即座に! 脱兎の如く!」
「なんだよ、引っ張るな――いてててっ!」
犬崎が指定した店まで全力疾走し、メニュー表に目を通しながら未夜が叫ぶ。
「突然、学校へ来ないでもらえますか⁉ 腐っても探偵ですよね⁉ 報連相してください!」
「腐っ……それはどういう」
「すみません、特製ラーメンの麺硬め。味付け卵とチャーシュー、ねぎマシマシで焼飯お願いします」
「おい、トッピングと焼飯までオゴるとは……」
「そんな事よりっ!」
水を一気に飲み、テーブルへコップを叩き付けて未夜は尋ねる。
「姉は……見つかったんですか?」
犬崎は味のなくなったガムを捨てて答えた。
「近い内に犯人は捕まる」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ。だがとりあえず今は、俺に付き合え」
犬崎が次に向かった先、それはゲームセンターだった。
店内を物色している最中、UFOキャッチャーの景品である猫のぬいぐるみが欲しいと未夜が言い出し、挑戦する犬崎。しかし――。
「犬崎さんって、ゲームセンスないですよね」
先程から20回以上挑戦しているが、元の位置から微動だにしていない景品を眺めつつ、未夜が呟く。
「んだとっ?! じゃあオマエやってみろよ! 絶対にコレ引っ付いて取れなくなってんだ!」
今にも店員に掴みかからんばかりの犬崎を尻目に未夜がクレーンを動かす。鈎爪は猫の頭をがっしりと掴み、そして……浮いた。ぬいぐるみはそのまま取り出し口まで空中移動。
「んなバカなッッ?!!」
犬崎の絶叫が店内に響き渡った。
――その後も2人はボーリング、カラオケと行く先々で遊びまくり、気がつけば時刻はすっかり遅くなっていた。
「うわ、もうこんな時間ですね。遊び過ぎちゃいました」
夜道をスキップしながら未夜が言う。
「……オマエって学校が用意した全寮制のアパートに住んでいるのに間違いないよな?」
「そうですよ? どうかしました?」
「よし。じゃあ今から行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「決まってんだろ、オマエの部屋だ。ホラ、さっさとしろ」
「成程、私の部屋にですね。犬崎さんと一緒に……えぇええええぇえぇええッッッッ⁉⁉⁉」
未夜の住む寮は男性の出入りを禁止している。夜二十三時を越えての入寮はできず、どちらかでも破ってしまえばレポート提出、最悪停学になる。
そんな寮の近くに、犬崎と未夜は到着した。
「部屋は何階のどこだ?」
「あの部屋、ですけど……」
三階建ての最上階を指差しながら説明を行う。
「でもここ、セキュリティだけは異様な位に気合い入ってて、学生か一部の関係者以外は扉が開かない仕組みになってますよ?」
「大丈夫だ、問題ない。オマエは普通に寮に戻り、部屋で待機していろ」
何が大丈夫か気になった未夜だが、とりあえず犬崎の言われるがまま、寮の入口に備えつけられた機械に学生証をスキャンさせ扉を開ける。
「扉壊して入るとか……まさか、ねぇ……?)
不安を募らせながら自分の部屋に戻った未夜が、お気に入りの小さなソファーに座ろうとした時。
――ゴンゴンッ――
不意に窓から音がした。何事かと思いつつ、恐る恐るカーテンを開けて外を確認。そこには――。
「きゃあああああああッッ⁉⁉」
アパート天井からぶら下がる犬崎の姿があった。これには思わず悲鳴をあげてしまう未夜。
犬崎は周りにバレないように口を大きく開けて『カギ ヲ アケロ』と言っている。しかし未夜は頭を抱えてしまう。
「え? ちょっと待って? よく考えて? 私の部屋は三階で外から上ってこれる階段なんてない……え、なんで?」
「オイ! 悩むな! 早くしろ!」
仕方なく未夜が窓を開けると、犬崎は文句を言いながら靴を脱ぎ部屋の中へ降り立つ。
「意外と綺麗にしてんじゃねぇか」
遠慮という言葉はどこへやら。犬崎はゴソゴソと未夜の部屋を荒らし回る。
「ちょっ! 何やってんですか! 勝手に引き出しを開けないでくださいっ! それにさっき余計な一言を言ってませんでした?」
口を尖らす犬崎は床に寝転がりながら「喉が乾いた」とほざく始末。仕方なく冷蔵庫へ向かうと、更に注文が入る。
「炭酸系な。無かったらジュース、甘いヤツ」
「……スゥ~……ハイ、ワカリマシタ」
こめかみの血管がピクピクと痙攣しているのが、未夜自身にも分かった。
(……っていうか今私、部屋に男の人を入れてる⁉)
時刻は夜、部屋には男女二人きり。そう考えると心拍数が跳ね上がってしまう。
(……このシチュエーション、もももしかして……⁉ あはは、ないない! 何を考えてるのよ私!)
未夜は頭を左右に激しく振り、妄想を拡散。冷静に振る舞う様、深呼吸をして犬崎の元へ。
「じッ、ジゥス入れれまりたッ!……え?」
そこには寝息を立てる犬崎の姿があった。
「な……! 何寝ちゃってんのよ、こいつッ!」
眠る犬崎の頭を叩くと、犬崎は「うぅ」と呻いてみせる。
安堵とも残念とも言えない、不思議な感じ。持ってきたジュースを一口飲み、頬杖をつきながら未夜は犬崎を見つめる。
「……子供みたい」
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