外部調査

 ――一時間後。特に目新しい情報も手に入れられなかった二人は集合場所に揃っていた。


「ダメだ、宍戸は交遊関係が希薄だったのか?」


「死亡宣告の噂は大学内に広まっているみたいで、その話をすれば次に呪われてしまうと考えて、口を閉ざしてるみたいです……」


「だからって時間を無駄にしてるヒマはねぇ」


「そうですね……この間にも、お姉ちゃんは危険に晒されているかもしれませんし」


「……次の現場に向かうぞ」


「次ですか? 一体、どこに」


 新しいガムを口に含めながら犬崎が答える。


「姉ちゃんの家に行くぞ。部屋に失踪原因に繋がる何かがあるかもしれねぇ。合鍵、あるんだろ?」


「お、お姉ちゃんの……部屋、ですか……?」


「そうだ。さっさと行くぞ! 案内しろ!」


 ――大学から徒歩十分程度の場所に、如月弥生の住むマンションはあった。


「流石はお嬢様、いいトコに住んでやがるぜ」


 高級感漂う六階建てマンションの最上階に弥生の部屋はある。


 入口扉のセキュリティを解除してエレベーターに乗り込む。ここまでの間、未夜は一言も発しようとしなかった。


「鍵を貸せ、中に入るぞ」


「本当に……入るんですか?」


「ここまで来て帰れるか。さっさとしろ」


「……そう、ですよね……分かりました……」


 躊躇しつつ、未夜は犬崎に鍵を渡す。


 解錠後にドアノブや鍵穴を見るが、別段おかしな様子は見当たらない。


(だが、この臭い……そして玄関に靴が一足もない)

 

 とりあえず廊下を進み奥の扉へ進む。そして扉を開けた瞬間、思わず犬崎は声を漏らす。


「これは……!」


 部屋の異常さは一目瞭然だった。棚の上に置かれていた物は全て床に落とされ、ぬいぐるみが何かの刃物で切り裂かれ、中の真綿が空を漂う。


 コンポやテレビ、電話といった家電製品は鈍器で叩き壊されている。何より目を引くのは壁中に血の様な赤い液体で書きなぐられた文字。



タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ



「……未夜」


 声をかけるが、未夜は俯き、部屋に入ろうとせずガタガタと廊下で震えていた。


「隣の住人や近所から、この部屋から大きな物音を聞いたって話はないか?」


「ないです……隣の人も大学生で、夜までバイトがあったから部屋にいなかったそうです……近所の人からも何も……」


「警察は、この部屋を見ても動かなかったのか?」


 だとすれば警察官の常識を疑ってしまう。


「部屋がこんな状態になったのは……警察が捜査に来てくれたなんです……」


「なんだと?」


 つまり、こうなる。

 

 弥生の姿も連絡も消え、失踪だと判断した未夜は警察に通報。部屋におかしな点がなかったので警察は引き返す。


 そして次の日、再び未夜が弥生の部屋を訪れると今の異常な有様になっていた。


 再び警察に通報。しかし昨日の今日なので警察は電話受け答えのみで動いてはくれなかった。


「だから、こっちへ依頼したと」


 噂のテレビは破壊され、原型を留めていない。


(それにが無いのもおかしい)


 壁や窓など部屋中を調べた後、腕を組んで考え込む犬崎。


「……四時四十四分に番組終了していたテレビ局を片っ端から洗うぞ」


 ――一時間後。犬崎達が向かった場所は【NCLテレビ】というローカル局である。


「まずは、ここのテレビ局から探るんですか?」


「他は行かねぇ。四時四十四分の時間枠に番組終了していたのは、ここだけだったからな」


 NCL局内へ入るとすぐ、受付女性が未夜に話し掛けてきた。


「アポイントメントはお取りですか?」


「あ、アポイント……? えぇっと……」


 動揺する未夜。だがこれは犬崎から指示されての事。目的は相手を引き付けている間に局内へ侵入。


「ナイスだ、未夜」


 見事、相手の目をかいくぐり目的を果たす。


 エレベーターを使い放送部のある五階へ向かう。各部署を調べていると、喫煙所から声が聞こえた。


「――今日も忙しいっスね、プロデューサー」


「まぁテキトーでいいからよ。サクッと終わらせて打ちに行こうぜ」


「また麻雀スか。八木沼やぎぬまさん、勝つまでやめないからなぁ」


 騒ぎ立てる男達の会話を盗み聞き、犬崎は不適な笑みを浮かべる。


「こいつは都合がいい」


 犬崎は男達へ歩み寄っていく。


「お疲れ様です、八木沼さん」


 丁寧な喋り方で話し掛け、頭を下げる。


「……失礼ですが、貴方は?」


「これは失礼。以前に先生がお世話になりまして。私はその先生の側近に当たる者です」


「先生……もしや代議士の……八田先生?」


「はい。思い出して頂き何よりです」


「これはこれは! お世話になっております!」


 犬崎は八田と言う代議士の知り合いなどいない。先生などと言っていたのも全て出まかせだ。


「本日は、どのようなご要件で?」


「先日、先生がテレビをご覧になっていた際、謎の映像が映ったらしく……気味が悪いので八木沼様に詳細を聞いてこいと」


「……謎の映像、ですか? それはいつ?」


「二、三日前の深夜四時四十四分頃です」


 八木沼は「調べてみましょう」と言って犬崎を番組モニタールームへ案内する。


「……何も映っていませんね」


 調べてもらったが、八木沼の言う通りおかしな映像は見つからなかった。


「先生の勘違いですかね。すみません、お忙しい中お手間を取らせまして」


「いえいえ! 八田先生にはよろしく伝えておいてください」


 長居は無用。犬崎は早々にテレビ局を後にする。


 ――すっかり暗くなった外で待っていた未夜を、犬崎はガムを噛みながら軽々しく挨拶してみせる。


「よう、お疲れさん」


「本当に、疲れたんですけど……」


「疲れついでに、もう一つやってもらいたい」


 犬崎は未夜に耳打ちで何かを話す。


「……それに何の意味があるんですか?」


「後々分かる。とにかく任せた!」


 そう言って走り去る犬崎の背中を見ながら、未夜は思わず文句を垂れた。


「なんだって言うのよ、もう……!」

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