学園調査
如月弥生の通う大学は、県境に位置する都会より少し離れた場所に建っていた。
都会から通うには遠く、かといって大学の近くに住むには勿体ない中途半端な距離。
「大学は潜入が楽でいい。いくぞ」
犬崎にとって潜入とは、日常的な出来事らしい。
「姉ちゃんの彼氏の名前は、なんて言うんだ?」
「顔は知ってますが、名前は知らないです」
「チッ、使えねぇなぁ」
余りの言い草に未夜はカチンときたが、深呼吸する事で怒りを飲み込む。
「これを使って聴き込みを行うぞ」
弥生の写真を振りながら犬崎は言う。私も? と聞き返したくなったが無駄だと思い止めておく。
「ちょっといいか? 彼女の事で尋ねたいんだが」
流石に慣れているのか、犬崎は大学に通う生徒に次々と声をかけていく。
一日かけてマシな情報を得られればいいが、そんな事を思っていた犬崎だが、意外な展開が起こる。
「あぁ、これって……例の人だよね」
あっさり如月弥生を知る生徒に巡り会えたのだ。
「例の? 何か知っているのか?」
女性二人組は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「知ってるっていうか、ねぇ?」
「うん。大学内では結構、噂になってるよね」
「それは、どんな噂だ?」
「噂っていうか。都市伝説? 深夜に全てのテレビ番組が終了してから流れる【死亡宣告】の話……」
「死亡宣告? なんだ、それは」
「四時四十四分四十四秒にテレビから流れるみたいなんですけど……それを見た人は、近い内に殺されちゃうらしいんです」
「私が聞いた話だと、テレビに自分の死顔が流れるとか!」
キャイキャイと盛り上がる二人を尻目に、犬崎は溜め息をはく。
馬鹿馬鹿しい。さっさと切り上げて意気込みを続けるか。そんな事を考えていた矢先――。
「その写真の人より前に、死亡宣告を見て死んだって人いたよね」
「そうそう! 確かその人って、写真の彼女の親友だったっけ?」
「……なんだと?」
気になる情報に思わず動きを止める。
「犬崎さん……お姉ちゃんは留守電でテレビがどうとかって話してましたよね……」
「……死亡宣告、調査の必要があるな」
犬崎は懐からガムを取り出し、口に放り込んだ。
――聞き込みを開始して二時間が経過した昼時、犬崎達はようやく如月弥生の彼氏の情報を得る。
その男が校内の食堂にいると聞きつけ、すぐ現場へ向かう。
「どれが彼氏だ?」
食堂は混み合っていた。犬崎は如月弥生の彼氏の顔を知らないので、未夜に探させる。
キョロキョロと辺りを伺う未夜。そして――。
「……あ! いました!!」
見事に発見成功。犬崎と未夜は男の席へ向かう。
「アンタ、
「貴方は?」
渡部健吾は茶髪に眼鏡、ジャケットを羽織り女性にモテそうな印象を受けた。
「俺は犬崎。コイツの顔に見覚えあるだろ?」
指で未夜をさす犬崎。
「君は……弥生の妹さん」
未夜は男に向かい、頭を下げてみせる。
「アンタの彼女、如月弥生について話を聞きたい」
「え? 弥生さん、戻ってきたんですか?」
「どういう意味だ?」
「ずっと連絡が取れないし、大学にも顔を見せないので心配していたんです」
「それは、いつからだ?」
「もう二、三日前になります」
弥生が失踪した時期と合致している。
「実は連絡が取れなくなる前日に、軽い言い合いをしてしまいまして……それが原因じゃないかと心を傷めていました」
「ケンカの理由は?」
「デートの待ち合わせに遅れてしまいまして。随分待たせたから、かなり怒ってましたね」
「心配なら彼女の様子を見に行けばいいだろ」
「行ってみましたが、鍵がかかってて……」
「合鍵は?」
「持っていません」
「犬崎さん、お姉ちゃんはプライベートと恋愛を別けて考える人でした。合鍵も家族にしか渡していなかったようで」
「ふぅん……とりあえず、携帯番号だけでも教えてくれるか? 色々訊ねる機会があるかもしれねぇ」
「分かりました。ただ彼女の事で何か分かったら、僕にも教えてください。お願いします」
犬崎は了承して渡部の携帯番号が書かれたメモを受け取る。
「邪魔したな」
そう告げて、犬崎と未夜は食堂を後にした。
「――これからどうするつもりですか?」
未夜の質問に犬崎が答える。
「如月弥生の親友を知る人物に聞き込みだ」
「例の、死亡宣告のテレビを見たっていう……?」
「姉ちゃんの失踪と関係あるかは分からんが、少し気に掛かってな」
「でも、誰に尋ねるんです? お姉ちゃんの親友と言っても、顔も名前も分かりませんよ」
「その辺に抜かりはねぇよ。そろそろ連絡が――」
その時、犬崎の携帯から着信音が鳴り響く。どうやらメールが届いた様子。
「来たか。流石だな」
犬崎はメール内容を確認。
「死亡した如月弥生の親友の名前と顔が分かった。聞き込みを行う」
「え⁉ 一体、どうやって……」
「最近、この大学で死亡した人間といえば限られてくる。情報屋に調べさせた」
「じょ、情報屋?」
「オマエの姉ちゃんの親友の名は、
犬崎が自身の携帯を未夜に向かって放り渡す。
「この人が……」
携帯電話の画面には一人の女性が写っている。
髪が長く、えくぼの素敵な可愛いらしい女性だと未夜は思った。
「宍戸は如月弥生が失踪する数日前に、この大学で死亡している」
「し、死亡……? 一体、何故……どうして……」
「自殺だ。夜中に大学に忍び込み、そこの校舎から飛び降りたんだ」
そう言われて、未夜は校舎を見つめる。
四階建て、よくある感じの建物。そこから女性が飛び降りたと思うと、未夜の背筋が震えた。
「高さが足りず、即死にはならなかったらしいぞ。死ぬ直前まで、ある言葉を呟いていたらしい」
「ある言葉……?」
「――ワタシハ テレビニ 殺サレル」
「テレビ! それって……例の死亡宣告!」
「とりあえず、宍戸と仲のよかった奴を手分けして探すぞ。何か見つかったらすぐに連絡しろ」
自身の携帯番号をメモに書き、未夜に渡す犬崎。
「一時間経過したら、ここに集合だ。いいな?」
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