第28話 殺し屋、世界一の美少女に誘惑される昼
翌日。
突如ノヴムのカノジョを自称したアリスは、当たり前のように屋敷に居た。
「の、の、の、ノヴム様!? 何なんですかこの人!!」
「あれ? ちゃんとパーティーには参加してたよ? 貴族の付き添いで」
友達として同行を求められてね、と付け加えるアリス。
とはいえその貴族は昨日、一人でとぼとぼと帰った所を見ると、アリスにとっては参加の建前でしかなかったようだ。
「僕が9年間、某敵国に捕まっていた時に、アリスも同じところに居てね」
「そゆこと。あの時代は辛かったよねぇ。でも9年間も、ノヴムと一緒にいられた事だけが幸いだったかな」
座るノヴムに対し、後ろから体を預けてくるアリス。
セーターに隠された二つの塊が、頭で潰れている。
いつまでも甘えていたい母性だったけれど。
「アリス殿! なんで当たり前のようにノヴム殿に抱き着いているんだ」
「昨日も言ったじゃん。カノジョだし。将来を誓い合った仲だし……ねー」
「全くもって事実無根だし、アリス。重いから……離れてくれ」
「ちょっとノヴムー、女の子に重いは駄目だって言ってるじゃん」
あざとく頬を膨らませながら、ようやく離れた。
「とりあえず貴方がノヴム様のカノジョとやらで無いことは分かりました。という事で、いい加減破廉恥な身体で誘惑するのは止めて頂きたいのですが」
プルムからは怨念のようなものが飛び出ている。
一方エレンも、アリスに対していい顔はしないが、しかしプルムよりは冷静に状況を観察していた。
「しかし……アリス殿の、産業界に対する成果は確かだ。味方なら、これ程心強い人はいないが……」
アリス=アイムワンダー。
これまで15の会社、銀行を立ち上げて、その経営権を他人に譲渡している。
彼女によってここ1年で、新しい種類の産業が立ち上がったくらいだ。
「でも、昔からの友人だという割には、一年前からこの屋敷に来た事ないですよね?」
遠回しに『ノヴム様の“竜爵”に釣られて会いに来たんでしょう』と言っている。
しかしその指摘すらも想定通りと言わんばかりに、困ったような、しかし余裕のある演技的表情で返す。
「あーしだって、直ぐ会いに来たかったよ。でも色々事業の立ち上げとか忙しかったしさー」
「アリス殿。先程から君は無駄にノヴムへとくっつき過ぎだ。あまりにはしたない! 少しは自重するべきではないか!?」
「そうです! そうです! エレン様、ガツンと言ってやってください!」
昨日ノヴムを挟んで取り合いをしていた二人は、今日は共同戦線を張っていた。
「あ、そういえば」
ふらっとアリスがエレンに近づく。
その美貌に、思わず同性であるエレンもときめく所だった。
そして耳元で、誰にも聞こえないように呟く。
(男装って大変だよねー。おっぱい引き締めてると思うけど、結構キツイんでしょ? 緩めるの手伝おうか? へ、い、か)
「……!」
バレている。
全身を冷汗が伝い、眼が泳ぐ。
完全に弱みを握られた形になったエレンは、泣く泣くプルムに敵対するのだった。
「プルム殿……案外話してみれば分かる子ではないか」
「エレン様まで懐柔されたぁ!? 今の今で何があったんですか!?」
事情を知らないプルムは魔術の類を疑い、エレンの肩を揺するもアリスに掛けられた
ノヴムも苦々しい顔をして、アリスに聞くのが精一杯だった。
「な、何をしたの、アリス」
「女の子ってさ、秘密があるんだよ? あ、子供は別だけどね」
「だ、れ、が、こ、ど、も、で、す、か」
今にも包丁を片手に特攻してきそうな
「プルムちゃん可愛いー。
「私だってBあるもん……絶対これはBだもん……おっぱいをこうやって集めたら、膨らんでるの分かるもん……ええええええええええええええん」
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ようやく二人きりになった所で、ノヴムはアリスに聞く。
「それで? 本題は何」
「ノヴムに会いに来たのが本題だよ。偶にはこうやって愛を育まないと」
「韜晦は結構」
再びむぎゅーとしようとしたアリスを、触れずして止めた。
ノヴムの目は、リヴァイアサンとして次の悪に備えていた。
真面目な所も変わらないよねぇ、と呆れた呟きの後に、アリスは続けた。
「エレンの侍女いるじゃん」
「アルデンテさんがどうかした?」
「ノヴムの事調べてる。これまでみたいに、大通りで人ごみに紛れて情報を渡すのは危険だと思う」
ノヴムは腕組をしたまま、表情を崩さない。
そんな気はしていた。アルデンテの一連の立ち振る舞いを見ていれば、只物ではないことは即うなずける。
だからこそ“排除”の時も、アルデンテが探っていないかに逐一神経を尖らせている。
しかし、ノヴムからすればプルムを助けてもらった恩がある。あまり敵対したくない。
「……アルデンテは多分王太后の関係者。私達に気付いて探りを入れに来たとしたら……目下一番の脅威になる。ってとこかにゃー」
「もしかしてエレン、利用されてる?」
「いや? エレンに対する態度は本物だよ。あそこは師匠と弟子みたいな関係なんだろうね」
「そうか。良かった」
だが、利用してくれていた方がマシだったかもしれない。
エレンを利用しているなら、悪として排除する事も出来たのに。
「にしても、ちょっとプルムやエレンをからかい過ぎだよ」
「えー、二人ともあーしが好きなタイプだし。というか、『竜爵という爵位に引き寄せられた、尻軽女』って、接触する理由としては自然じゃない?」
自分が悪者扱いを受ける事まで計算内。
昔から目的の為なら自分さえ賭けに出す性格ではあったが、“表”で事業家をやっているうちに強化されたらしい。
「どっちにしても、これからは情報を密に連携しないといけないかもしれない」
「どういう事?」
アリスが新聞を手渡す。
でかく“魔物”の話題が切り取られていた。水路から出現したワーウルフや、エレンが倒したミノタウロスの事を思い出す。
「今日の新聞。王都の外側で、“サイクロプス”が出現して、大きな被害が出た」
「ワーウルフやミノタウロスと同じ類!?」
「多分ね」
「今度はどこの水路から出てきたの?」
「水路じゃない」
ノヴムの問いに答える箇所を、アリスが指さす。
「熱狂的な宗教集団が放ったんだってー。あーしらは神の時代を取り戻すとか何とか。まあ、その集団もサイクロプス自体も鎮圧はされたんだけど」
「じゃあ問題は、その宗教集団がどこからサイクロプスを仕入れたかってなるんだけど」
「こんな怪物をこっそり王都に運び入れるなんて無理。流石に兵達の目は欺けない。でも、“素材”の状態で王都に入れたとしたら?」
「……アリス、確か前にゴーレムの禁術が関わってるって言ってたよね」
「まだ勘だけどね」
「その勘が正しいとして、ゴーレムの禁術を使うくらいに倫理観が欠如している所を鑑みると、“魔物を創っている”ってところ?」
「そ。さすがノヴム。そして魔物を創って、水路にバラまいたり、悪い奴らに売ってる奴がいる筈」
魔物を創る。つまり生命を創る魔術。
そんなものは聞いた事が無い。どんな魔術学院の教科書にも載っていない。
きっと、神話のインクでしか表現されたことが無い。
「その目的が何か。というのは一旦置いておいて、こんな魔物を一気に百体も街で暴れさせたら……」
「王都は間違いなく壊滅するね」
何のために、魔物を創って、街で暴れさせているのか。そんな目的に興味はない。
気にしているのは結果だ。一から作った魔物が、本能のままに暴れ続けた結果、死者も出ている。
これから先百体の魔物が暴走すれば、数多の清き命が失われていく。
それは、紛れも無く悪だ。
「早く、排除しなきゃな」
「もしかしたら、王太后が関わってるかもしれないし」
「……かもね」
その為にノヴムとアリスは、ここにいる。
“リヴァイアサン”という殺し屋は、ここにいる。
“10年前の王国の悪”から這い上がってきたのだから。
「ノヴムの方でも、上手く“貴族院”の中を探って欲しい。国の動きを熟知しているなら、間違いなく下手人はその中に居るはず」
「分かった。いいタイミングで“竜爵”になれたもんだ」
「本当。お姫様に感謝だね」
「そうだ。アリス。二人きりになったから言っておきたかったけど」
ん? とアリスがにんまりとした顔でノヴムの方を向く。
ある意味プルムより付き合いの長いアリスだが、この顔をしている時は何か企んでいるのは間違いない。
この間にも、色々と策謀を張り巡らせているのだろう。事業家は、“表の顔を演じる”なんて嘘の気持ちでは出来っこない。
「前々から言ってるけどさー、本当に危なかったら逃げてね。命が大事だから」
一瞬、時間ごとアリスが止まった。構わずノヴムは続ける。
「君に死なれたら、俺は“君のお姉さん”に顔向けできないから」
「……それは、あーしを貰ってくれるって意味でおっけー?」
「なんでそうなるの」
“修行”の頃から、ずっと一緒だった。男性としての欲を試してくるようなからかいを良くされていた。
今回も変わらずノヴムの首筋に顔を近づけると、耳元で刺激する。
「イイよ。あーし、ノヴムとだったら。いつでも」
「……」
「久々に二人っきりになれた訳だしさ。ねえ、このまま裸になろっか」
「冗談でも止めて……俺がもたない」
慣れない。
心臓が飛びそうになる。
アリスは本当に世界中の美を集めたような美貌の少女だ。求婚を求める有力者は後を絶たない。だがアリスは彼らから見事に搾取しまくって、しかし肝心の身体も心も許すことなく、見事に使い捨てまくっている。
ハニートラップを仕掛けられたら、ノヴムも参る自信がある。
女性としての理想を全て詰め込んだ巨乳。更には舐め回したくなるような、短いスカートからはみ出した太腿。
「困惑してるノヴム、かわいい。昔から変わらない」
紅潮した頬をツンツンとされても、反応がし辛い。
故に、こうして目を逸らす事しか出来ないでいる。
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屋敷から離れていくアリス。
久々に、“リヴァイアサン”とは無関係に話した内容を、頭の中で反芻する。
昼下がりの陽に照らされた振り返る顔は、どこか残念そうだった。
「はぁ……なんで一番伝わって欲しい
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