第27話 殺し屋、女子3人に取り合いされる夜
ダンスも終わり、宴もたけなわ。
閉会の挨拶が拍手の呼び水となった後で、やる気満々のプルムが立ち上がる。
「さあ、片付けをしなければ! ここまで休んだ分、いっぱい動きますよ!」
「プルム、体力無尽蔵過ぎない? あの休憩だけで動けるの?」
もう六時間は動き回っている筈だ。彼女の言う『休んだ』はノヴムとのダンスの時間しか当てはまっていない。
しかし、ノヴムの隣からプルムが離れようとしたところで、チャンスとばかりに寄ってきた。
中性的な少年秘書、エレンが。
「な、なあエレン殿。ボク、うまく踊れなくてさ、一緒に練習してもらえないか。座ったままでいいからさ」
「えっ、俺と練習するの!?」
「ほら、殿方同士なら緊張しないだろう……?」
思いっきりエレンの顔が引き攣っている。何とか指を絡ませるが、帰ってくる肌の感触が柔らかい。柔らかすぎる。
甘美な果実を味わっているかのようだった。
「え、エレン」
性別を司る何かが捻じ曲がっていく。
困惑して固くなっていると、プルムが飛び込んできた。
「待ってください! エレン様、男の癖にくっつき過ぎじゃありませんか? もしかしてそういう趣味ですか?」
「プルム殿こそどうなんだ!? やたらとくっついてるじゃないか! これから片づけなのだろう!?」
「私はノヴム様のお世話をする必要があります! ノヴム様が食べたいものを、口に運ぶのです! ノヴム様の好物はピザですよね!?」
「それならボクだってノヴム殿が食べたいものを、口に運ぶ! いや、ボクのチキンを食べるべきだ!」
「お腹いっぱいなんだけど……」
侍女とか秘書ってそういう役割だっただろうか。
と思いながらも、喧嘩しながら迫る女子特有の匂いに、中々頭が動かないでいた。
女子特有? 片方男子なはずなのに。
「ノヴム様も呆けてないで、もう少し主賓のエレン様にスペース譲ったらどうです、かっ」
「俺の“竜爵”受勲パーティーでもあるんだよ!? ってか今日やたらアクティブじゃないか……っ!?」
「そんな必要はない! ボクを主賓だと思うなら、ボクの近くにいるべき、だっ」
「いやその理屈はおかしい」
ノヴムの健全で正常な思考が、見事に落城しそうだった。
なんと二人がノヴムの取り合いを始めたのだ。しかも、自分の腕に全身で抱き着きながら。
プルムに至っては、多少露出もあるドレスのせいで、鎖骨とか胸部分の感触が服越しに伝わってきている。
更に体を前に傾けた時、襟口と鎖骨の間から見える禁断のゾーン。
ドレスと胸の隙間で、ぽつんと山が重力に引っ張られている。
「……っ!」
全力で目を逸らした。
谷間とか見せつける美人と比べれば、確かに破壊力では劣るかもしれない。
しかしこれくらいの山でも、男子は十分理性をかき乱されるとプルムに正直言うべきだろうか。
勿論ノヴムに抱き着く時は、胸部分をしっかりガードしているドレスが助けてくれる。
それでも近い。プルムの素肌に、吸い付きたくなる。
(っていうか、なんでエレンからも同じような感触が来るんだ、しかもやっぱり胸板の下がなんかぷにぷにするような……)
理性が千切れそうになる。
スーツ姿のエレンからは、プルムと同じような感触は来るはずがないのに。
否、その流動性という意味では、プルムよりも上回っているような……。
両手に花。しかし脳は限界のノヴムだったが、ここで一人の少女が近づいてくるのを見た。
白くて細いドレス。華やかさというよりは、圧倒的質量の双丘と、男性の本能を呼び覚ますような太腿を最大限に生かした甘美さに焦点当てたドレスだった。
プルムやエレンでさえ「もう会は終了の時間ですよ」というのを忘れて見惚れるような、美がドレス着て歩いているような存在。
心擽る香水を振りまく、艶やかな紫色の髪。
それが月夜に、ノヴムの真上へと降臨した。
「あ」
後頭部に、母性の塊が二つ乗った。
胸の開いたドレスからはみ出した、下乳が。
その不意打ちで理性が木っ端微塵になりそうだ。だがノヴムが反応する前に、その目を細い五指が覆い隠す。
「だーれだ?」
「あ、あ」
「あれー? あーしのおっぱい、忘れちゃった?」
それどころじゃない。プルムとエレンがいる事を忘れるくらいに暴力的な塊が、ノヴムの頭で潰れているのだから。
しかし少女は構わず抱き着いてくる。頬と頬を、合わせてくる。
「あ、アリス……? どうして」
「こ、この人……“アリス”!? あの新進事業家の!?」
「新聞で何度か見た事ある人だ……!」
プルムやエレンも、その正体に思い当たった。
弱冠17歳にして、産業界に旋風を巻き起こしている美少女事業家――アリス=アイムワンダー。
まるで猫のようにノヴムへ頬ずりを繰り返す大物へ、恐る恐るプルムが尋ねる。
「の、ノヴム様とは、どういうお関係で……」
「あれ? 駄目だよ、ノヴム、こんな時間まで子供を働かせちゃ」
「子供じゃないもん! 16歳ですもん!」
涙目になったプルムを置いて、更にくっつく。
その密着度だけ、プルムとエレンから冷静さが消えていく。
その密着度だけ、ノヴムから理性が蒸発していく。
豊満で芳醇な胸を頭蓋に載せながら発したとどめの一言が、場の支配者を決定づけた。
「あーし、ノヴムのカノジョでアリスといいます。よろしくー」
違う、違うと首を横に振動させ、プルムやエレンに弁明するのがノヴムの精一杯の抵抗だった。
しかしそんなささやかな抵抗を受け入れる余裕は、少女達にはなかった。
「ノヴムさまが、おおきいおっぱい、かぶってる、る、るるるるる、おっぱい、あれがおっぱい」
「あば、ば、か、かかか、かのじょ、つまり、こいびと、ふうふ、ふふふふ」
――遠くから、圧倒的な勝利者の抱擁を眺めていたアルデンテのコメント。
(あ、だめだ。陛下とプルム、脳が破壊されてる)
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