第26話 殺し屋、最愛のメイドと踊る夜


 扉が開く。

 御伽噺よりも奇麗な、ノンフィクションの妖精がそこにはいた。

 ぎこちない動きでノヴムに近づくと、ドレスアップされたプルムは尋ねる。

 

「似合い、ますか」


 ノヴムは、こう返した。

 

「すごい、きれい」


 心を奪われていて、思考するどころじゃなかった。線の細さが、結晶の儚さとなって表現されている。

 水面に立てるくらいに軽く、周りの動物達も恋に落ちる程に可愛くて、つまり奇麗だった。

 素で出てしまった言葉を受けて、プルムは眼を合わせられずにいた。

 しかしノヴムが回り込む。恥ずかしそうに口を結ぶプルムの顔と、ドレス姿のあどけない体を見続ける。

 

「少年少女達。パーティーのお客様を待たせるのは、いい事とは言えませんわ」


 アルデンテの指摘で我に返った二人は、すぐさまパーティー会場へと進む。

 しかし直前でプルムが緊張しているのを見て、ノヴムは手を差し出した。


「行こう、プルム。俺が着いてる」

「……はい。どこまでも着いていきます」


 そして、大人達が見守る庭へと、子供達は遊びに行った。

 現れたドレス姿の妖精に、男性どころか女性も完全に目を奪われていた。エレンも「プルム殿!?」と驚愕していた。

 だが手を繋ぐ二人に、もう不安はない。

 幼き日と同じく、遊び始めた。

 

 円舞曲。

 自然と同化したような弦楽器の調べに従い、二つの影が揺れる。

 黒のタキシードと白い髪がたなびき、黒い髪と水色のドレスがはためく。

 周囲で同じく回る貴族達も邪魔しない、水のようなステップ。

 

 舞いの中で、思わず互いの顔を見合う。

 互いの瞳に、思い出と未来が同居していた。

 このまま時間が留まり、永遠ならいいのに。

 無邪気な子供に戻った、夢のような世界を楽しむのだった。

 

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「残念ですが、どうやら今日の主役はノヴム様と、プルムの様ですね」

「し、仕方ない。プルム殿はそれぐらいのことをした!」


 自分を無理矢理納得させるような物言いも、アルデンテに突かれる。


「エレン様。思考が駄々洩れです。息がぴったり過ぎる。羨ましい。私も踊りたい。ついでに胸を揉まれたい」

「ぼ、ボクはあくまで男だ。そんな事出来るわけが無いだろう」


 頭を抱えるエレン。失敗した、と言いたげだ。


「なあ、ボクはどうすればいい? どうすればノヴムの気を引けるのだ!?」

「例えば私は女だと暴露しちゃえばいいじゃないですか」

「うっ、それは……」


 詰まるエレンに、意地悪な顔で見下ろす。

 弟子の甘えを拒絶するように、アルデンテは首を横に振った。


(王女陛下。そこは手助けしませんよ。恋の戦場では奴隷も王女も関係ないのだから)


 む、とアルデンテは“仕事”の顔付になる。

 中心で舞う主役たちを蝕む、腐敗の影。


「少し失礼」


 とエレンから離れると、アルデンテはとある貴族の前に居た。

 その二人の貴族は、先程プルムを無理矢理手籠めにしようとして、ノヴムに撃退された二人だった。

 二人の手には、度数の高い酒瓶が籠っている。

 

「ノヴム様の席に、何か用で?」

「ああ、先程ノヴム様とプルム嬢に迷惑を掛けたら、そのお詫びと……」

「エレン様もノヴム様も、そしてプルムも20歳未満です。お酒は法度の年齢。その手にある酒瓶を戻してからになさい」

「なんだアンタは!」

「失礼。“掃除”が好きな侍女です」


 と上品にお辞儀をしてみせると、狼狽える貴族へ「おやおや」と情けなさそうに鼻で笑う。


「プルムを酒に酔わせれば、後は占めたものとお考えなのですか?」

「べ、別にそんなことは……」

「大人として恥ずかしいと思わないですの? それでもお股にモノぶらさがってるんですか?」

「なんだとぉ!? 侍女風情が!」


 逆上する貴族達だったが、その怒りも続かない。

 何故なら近くからテーブルを片手で持ち上げていたからだ。これから叩きつけられると言われても信じるレベルで。

 

「では侍女風情が、お相手しましょう。私を酔わせて、如何様にでもなさい? でも男なら、出された酒は飲み干せるでしょうね?」

「お、おお、受けて立とうじゃないか……」

「ただ私は、生憎度数が80%以上の物しか手持ちがありませんわ」

「……へ?」


 テーブルと酒瓶を持って庭の奥へと歩いていくアルデンテと貴族二人。

 その奇妙な背中を見たエレンが声をかける。


「アルデンテ? どこにいくんだ?」

「主役達は健全なパーティを楽しんでくださいな。私は“掃除”をしてまいりますわ」

「掃除?」

「ええ、掃除を開始します――要はくたばれゲス共、という奴ですわ」


 翌日、全裸で二人の男性が酔い潰れた姿で発見されたが、ノヴム達は知る必要もない。

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