第25話 殺し屋、最愛のメイドをパーティーにて守る夜
「……すごい集まってる」
ノヴムは目を丸くしていた。
屋敷の芝庭に、ここまで豪勢に人で賑わったのは先代以来だった。宵闇に紛れた会場が、ガスの光でライトアップされたのは屋敷建築依頼だった。
名のある貴族もワイングラスを片手に、立食パーティーの神妙な雰囲気づくりに貢献している。
ノヴムの竜爵受勲、並びにエレンの秘書官就任パーティー。
開催後、順調に賑わっていた。
それも、一重にとある少女の運営力が覚醒していたおかげだった。
「すみませーん! こちら料理足りてないですっ!」
縦横無尽に駆けるプルムの声が聞こえた。
受付や設営、料理やらで汗だくになりながら、日雇いのお手伝いに指示を出す。
ここまで開始の言葉、余興、何もかもが上手く行っている。
「プルム殿は行動力の化身か! 見習わなければ」
と自分の活力に変えているプルムの隣で、一番驚いているのはノヴムだった。
いつも自分の後ろを着いてくるだけだったプルムが、こんなに大きくて優雅なパーティーを運営できているなんて。
「ノヴム様は、これまで“没落貴族”と差別されてきた。だからこそ、“竜爵”の受勲をより盛大に貴族達へ見せつけたい。ノヴム様の事を理解してほしい。そんな形でノヴム様に貢献したい。プルムはそう言っていましたわ」
「俺の、事を……」
「更にはここに来た貴族と関係を持つことが出来る。パーティーというのは、そういう手札を増やすためのものですわ」
殆どは竜爵という爵位に誘われて来たのだろうが、ノヴム側も相手を見極めることが出来る。
場合によっては、今後の政治で有利になる様に味方とすることが出来るかもしれない。
逆に言えば、来なかった貴族についても伺い知ることも出来る。
「とても良い侍女を持ちましたね。私が見てきた中で、最も素晴らしい逸材ですわ。主人として、否、人間としてこの機会、逃してはいけませんよ」
プルムは、自分の脚で歩き始めている。
いつまでも変わらないと思っていた。実際、変わっていない所もあった。
それでも、ちゃんと大人になっている。
「アルデンテさん。ありがとうございます。プルムに色々教えて頂いて」
「いいえ? ちょっと人生の先輩として、悩める若者とお話ししただけですわ。あとは、催し物の基本を少々教えただけ。しかしここまで発展させたのは彼女の工夫ですわ。とても教えがいがある子……」
それから、様々な貴族と話した。
プルムが作ってくれたチャンスを活かさない訳にはいかない。
ノヴムが、“リヴァイアサン”であることは誰も知らない。あくまで悪として、腐敗を剪定する事で世界に貢献するつもりだった。
故に、オルガヌム家としての自分に興味はなかった。あくまで隠れ蓑程度でしかなかった。
真正面から立ち向かって弾かれた
だけど、あんなに汗をかきながら走るプルムを見たら。
楽しそうに料理を運ぶプルムを見たら。
ぺこぺこと頭を下げるプルムを見たら。
頑張らなければ、嘘だ。
「すみません、何か至らぬ所がありましたでしょうか?」
異変があった。
プルムが、二人の貴族の青年に囲まれて動けずにいた。明らかにパーティーの裏方に対する態度ではない。
「いや、さっきからハーフエルフがちょこまかと鬱陶しいなと思ってたけどよ」
「でも近くで見れば、流石は竜爵の侍女。可愛らしいもんじゃないか。好きだぜ? こういうロリな子も」
「俺達と来ようぜ。どうせ男も知らないだろう。そんなんじゃ貴族界は渡っていけやしねえ」
細い腕を掴まれて、涙目で抵抗するプルム。
だが体格が違い過ぎて話にならない。
「いやっ……いやっ」
しかし、その腕を更に掴む掌があった。
ミシ、と音がして苦悶を浮かべながら貴族は離れる。
「私のプルムに何か用ですか」
誰にも渡さない。そんな無意識が、プルムの肩を掴む。
少女は震えなかった。懐かしく、親しく、そして温かい掌だったからだ。
抱き寄せたのは、ノヴムだった。
渡さない。そんな無意識が、ノヴムの中で燃え滾る。
「た、戯れですよ竜爵」
「プルムを汚すという事は、オルガヌム家を汚す事と同じです」
弁明は一切聞かない。
自分が主賓である事も忘れ、相手の自分を祝う恩も忘れ、ただ少女の為にノヴムは睨む。
「以後、誘惑するようならば、このパーティーから出て行ってもらいます」
家族がいる縄張りへと踏み込まれた竜の如き、射抜くような眼光。
外道を殺す時と同じように、無意識に醸し出していた死線の気配。
苦い汁を飲んだような顔の貴族達を散らしていく。
だってプルムは。
ノヴムに遺された、最後の家族だから。
「プルム、大丈夫?」
「ごめんなさい。でも、ありがとうございます」
小さな肩から手を離そうとすると、逆にプルムの方から嬉しそうに手を掴むのだった。
「ノヴム様、今日は楽しんでいますか?」
「うん。ありがとう、プルム」
もう、ちょこちょこと後ろをついてきていたプルムはいない。
何だかさみしくもあるな、と思っているとプルムが突然へこたれ始めた。
「プルム?」
「あれ? まだやる事残ってるのに……」
本質的な所は変わっていない。プルムはやはり、プルムのままだった。だけれど、プルムのままで必死に何が出来るかを考えた結果、こうしてパーティー会場で動き回っているのだろう。
ただ休ませるだけでは、物足りない気がした。
ノヴムは意を決して、プルムに提案するな。
「あのさ、プルム。これ、着てみないか?」
「これは……」
そう自分の部屋に案内すると、一着のドレスがあった。
散りばめられた小さな花が程よく形容する、澄んだ水色の細いドレスだった。
「その、ドレス。買ったんだ。君に着せたくて」
「えっ?」
思いがけない宝物に出くわしたように、プルムの眼が大きく開く。
「君の事だから、自分の分はメイド服しか用意していないと思って」
「そ、そうだったんですか……!? いやでも、私は裏方としてサポートします。このパーティーは、ノヴム様とエレン様の権威を見せようと思って催したのです!」
「じゃあ、お願いがある。プルム、俺とこの後、踊ってくれないか?」
今まで、見た事が無い顔だった。流れ星を見たような、女の子だった。
だがそんな自分を戒めるように、プルムは首を横に振る。
「駄目です。参加者の中には、折角足を運んでいただいた貴族の娘達もいるんですよ?」
「やだ。君と踊りたい」
「――プルム。主人がそう言っているのよ。今あなたが上品にすることは何ですか?」
アルデンテが廊下に背を預け、プルムを諭していた。すっかりプルムの先生だ。
「踊りのプログラムは二部構成でしょ。一部をやらせてもらえばいいじゃない。それなら、ノヴム様が他の貴族と関係性を持つ事の邪魔には、あまりならないんじゃないかしら」
「大丈夫だよ。昔、良く踊ったじゃん。遊びでだけど」
「覚えて、くれてたんですね……」
今、パーティー会場になっている庭は、かつて二人の子供が遊んでいた。
ノヴムとプルムが、大人の踊りを真似て、一緒に転んでいた。
未来なんてものを考えずに済んだ、無邪気な季節の話。
ノヴムとプルムの心は一致した。
10年前に、一度だけ帰ろう。10年前で、世界を沸かせよう。
「メイクは私がしてあげますわ。それも善き表現の一つでしてよ」
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