第24話 殺し屋、侍女の成長っぷりに驚く夜


 プルム。アルデンテ。

 ノヴムの屋敷にて、二人の侍女は面会していた。


「流石“竜爵”の侍女、と言いたくなるわね」

「そ、そうですか!?」

「仕事ぶり一つで、人間性というのは見えるものよ。一人で回してるのに、埃一つないなんて」


 褒められて心底嬉しそうにプルムが頬をかく。

 だがそこで、アルデンテが片隅に置いてある本を見つけ、次第にプルムがバツが悪そうに明後日の方向を見た。


「これ、恋愛小説じゃない」

「あっ……サボってるわけじゃないですよ。仕事終わって、お昼ごはん時とかに、ちょちょっと読んでるだけで」

「別に責められる事じゃないでしょう。早く仕事が終わるのは、有能の証拠よ」


 パラパラ、と捲りながらアルデンテがフォローする。

 だが背表紙などを見て、怪訝そうに眉を顰める。

 

「しかし、あなたの年齢にしては妙に古い本ばかりね?」

「実はこれ、前当主ベーコン様が集めてた恋愛小説集なのです」

「ふふふ、ベーコンはこういうの好きだったからねぇ」

「ベーコン様をご存じなのですか!?」

「ええ。それから執事の“シェル”、メイドの“リン”も知ってるわよ。つまり、貴方の両親ね」

「は、母と父まで……!?」


 父と母の名前。そして娘であることまで知られていて、プルムの轍が見透かされているような気がした。


「貴方もノヴム様も生まれる前の話だけど。若い頃は、あの三人とはそれなりに付き合いがあったのよ」

「若い頃……」

「これでも50過ぎてるのよ」


 見た目は20代にしか見えないのだが。

 しかし、非常に気品があるような一つ一つの動作に、理由が出来た。


「シェルとリンは息災かしら?」

「それが……」


 今の親が、どこにいるかを話す。

 正確には、最期はどこで横たわっていたのかを話す。

 それを聞いて、僅かにアルデンテの顔に影が出来る。


「そう。二人とも亡くなってたのね……どうりでここも、寂しくなった訳だわ」

「はい。実は一年前まで王都の外にいたのです。そこで流行り病にかかって……」

「……二人とも、健康が取り柄だったのに」

「私には、家族が全てだったので……でも、そんな時にノヴム様が私の下を訪れてくれて」


 帰ってきてくれて、と僅かに涙ぐむプルム。

 アルデンテが拭う為のハンカチを渡すと、ごめんなさい、と受け取る。


「ただ、最近思うんです。ノヴム様に必要なのは、本当は私みたいなハーフエルフじゃなくて、エレン様みたいな政務が出来る人なんじゃないかって」

「どうして?」

「私は、寧ろノヴム様の弱点です。会う度、ハーフエルフを雇っているだとか、亜族が好きな変わり者だとか、そんな風に言われちゃうんです。そこまでして、私が出来るのは掃除とか料理だけ。これ、ノヴム様にとっては見合ってないんじゃないかなって」


 陽光は容赦なく照らす。

 プルムの自虐的な笑みも。アルデンテの真剣な眼差しも。


「……一応、貴方より三倍は生きている人生の先輩からのアドバイス」

「え?」

「『そんな事ないよ』を期待するような会話は辞めなさい。それは謙虚でも何でもないわ」


 平手打ちをされたかのように、眼が覚める。


「貴族の侍女として学ぶべきことは掃除や料理の仕方だけじゃない。どう上品に振る舞うか。その心持が大事よ」

「上品に……?」

「そう、上品。『貴方が貴方として生きている事を、より善い形で』表現する事を言うの。そうして初めて、人は他人と対等になれる」


 ただ座っているだけなのに、牡丹のような魅力が漂う美人は続ける。


「ハーフエルフだから弱点だとか、何も出来ないとか。その話には、“貴方”が存在しない。しかも、相手に同情を求めるという、より悪い形で表現している。そんな心持では、誰とも対等になれない。貴方は誰かの弱点にしかならない」

「……ごめんなさい」


 ぎゅ、とスカートの裾を握り、頭を下げるプルム。

 

「純粋ね。言い返さないんだ」


 ハーフエルフではない貴方には分からないだとか。

 王宮に仕えることのできる才能を持つ人には分からないだとか。

 そんな返事を、したくなったりもした。

 でも、しなかった。


「母も良く言っていたのを思い出しました。私はエルフだけど、父と出会えて幸せだったって」

「ええ。傍から見ても、あなたのお父さんとお母さんは幸せそうだった」

「それは二人とも、自分と向き合って、自分で生き方を選んだから。そこに、ハーフエルフがどうとか、そういうのは無かったから」


 ハーフエルフであることを欠点とする生き方なんてしていなかった。

 それを思い出したら、先程の“言い訳”は恥ずかしくなった。

 

「善い行動は、名と爵位に勝る。それを堆積させた先に、上品の萌芽がある……失敗して悪い行動になったら、その時は改めればいいだけ。封建制の頃じゃあるまいし、手違い一つで首を落とされたのも今は昔よ」

「……ありがとうございます。心に留めておきます」


 プルムが席を外した室内で、アルデンテは一昔前によく見た天井を見上げながら、反省する。


「……悩める若者を見て老骨が滾っちゃった。まあ、ノヴムの事はもう少し彼女との距離を縮めてから聞きましょう」


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(私にできる事。今の侍女として、できる事)


 一体何が出来るだろう。一体何がしたいだろう。

 ノヴムの為になる事は何だ。皆の為になる事は何だ。

 そう思って、一つの結論をプルムは出した。

 

 ノヴムとエレンが帰ってきたところで、提案した。


「あのっ! ノヴム様の爵位受勲パーティーと、エレン様の秘書官就任パーティーを開きたいのですがっ!」


 それを見たアルデンテのコメント。


「流石にそこまで跳びぬけるとは思わなかったわ」

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