第23話 殺し屋、ロリメイドとボクっ子秘書に起こされる朝

 貴族秘書官身分隠してる王女の侍女アルデンテの朝は早い。

 今日も屋敷の屋根に登り、近くのオルガヌム家に向かったエレンを望遠鏡で監視する。


「おきてください! ノヴム様! もう朝ですよ!」

「ノヴム殿起きるのだ、このままでは侯爵との会合に間に合わないぞ!」

「……んん、あと五分、いや十分」


 寝言を繰り返す朝遅い系男子ノヴムを、何度もゆするプルムとエレン。

 このまま遅刻すればナイト爵剥奪で、貴族院に出席しても意味がない没落貴族に逆戻りだ。

 一応ノヴムにも事情がある。昨日殺した対象の隠蔽工作に手間取り、実は二時間くらいしか睡眠がとれてないなんてことを彼女達は知らない。

 遂に少女二人(一人男装中)は顔を見合わせ、強硬策に出る事にした。


「プルム殿、かくなる上は無理矢理準備をするしかない! 朝ごはんをこっちに持ってくることはできるか!?」

「分かりました! 着替えはお願いします」


 望遠鏡ごしのお世話を見て、流石にアルデンテも言葉を失う。


(あれじゃ母親が二人いるようなものじゃない……だけど)


 エレンが寝ぼけたノヴムの服をするする、と脱がしていく。

 だが案外ノヴムがいい体つきだったので、思わず言葉を失って顔を赤らめてしまった。

 素が出ている。乙女になっている。


(成程、陛下は一番の恋敵であるプルムを遠ざけて既成事実を作ろうというのね。大胆!)


 思わずノヴムの体に触りそうになっている所に、朝ご飯を持ってきたプルムが飛び込んできた。

 プルムも若干恥ずかしそうにしながら、未だ半ば夢の中にいるノヴムの口にジャム付きのパンを詰め込んだ。


(あのプルムも中々やる。まだ少年の面影残るノヴムに、『あーん』は絶大! 奇策!)


 二人の少女に手取り足取り朝の準備をされるノヴムを見て、少しアルデンテは悩む。


(先程の反応の数々から見るに、通常時は年相応の青年という風にしか見えないけれど……ん?)


 エレンが脱がしたシャツ。

 露わになったノヴムの背中に、一瞬奇妙なものが見えた。エレンも驚愕して立ち止まったくらいだ。


(あの背中の十字傷はなんでしょう……10年前の戦争時の古傷かしら)


 アルデンテの経験上、致命傷にもなりうるレベルの傷だ。

 ノヴムは初めて見るエレンに誤魔化して笑っているが。そんなレベルの物ではない。

 

(……確かに気になるわね。そもそもこの前、エレン様を助け出した時の状況も奇妙だったし)


 エレンに引っ張られながら出掛けるノヴムの横顔。

 エレンの事も心配だが、これから会う侯爵は基本無害だ。道のり的にも暗躍の危険性は薄いから、放っておいていいだろう。

 今のうちに『ノヴムとは何者かを探る』という極秘任務に少しでも近づくこととする。


「では外堀から埋めるとしましょう」


 挨拶がてら敷居を跨ぐ。

 庭で掃除を始めたプルムへと近づく。やはり情報集めには、一番近しい存在と仲良くなっておくに限る。


「ごきげんよう、プルム」


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「あー、疲れた……中々俺も経験しないことだからなぁ……」

「でも明らかにノヴム殿の事を探っていた。つまり、それだけ注目される存在になっているという事だよ!」

「ただ、“ギャング”の事は本当に困っていたようだったね。特に最近この辺りで出没しているという“無灯流しスリルライダー”が……」


 帰ってからやることが一杯だ、と意気込むエレン。

 一緒に何かを為す。こんな事、“修行”以来だとノヴムは懐かしさを覚えていた。

 

「いやああああああああああ!!」


 悲鳴。更に破壊音。

 少し前、ワーウルフが街を破壊したデジャヴュを感じながら、その方向を見る。

 やはり人間を踏み潰さん勢いの巨体が、本能のままに暴れている。

 悪魔とも狂牛とも言えそうな角を生やした、筋骨隆々の魔物。あのシルエットから類推できる魔物は一つしかない。


「ミノタウロス!?」


 街中に出現したことに、疑問符が隠せない。あれも荒野にしか出現しない、数少ない魔物だ。

 アリスの睨んだ通り、この一連の協力な魔物の出現の背後には、何かがいる。

 

 またエレンを撒いて、ミノタウロスを自分に釘づけにして、リヴァイアサンとして抹殺するか。

 という算段を立てているうちに、隣でエレンが一歩前に出た。

 

「ボクがやる」

「エレン!」

「今ボクがすべきことは、少しでも街の破壊を阻止する事だ!」


 物心ついた時から、ずっと無菌室に居た。

 ずっと、冒険に憧れていた。

 媚び諂う顔を隠してきたヴェールを超えて、外の世界で何かを為したかった。

 

 まだ探索途上。

 手持ちの武器は『世界の為に何かしたい』という中身のない情熱。

 だけど、少なくともここで引いては、その中身を探す資格さえない。

 ノヴムの隣で、こうして歩く資格さえない。


(王女だとバレないくらいに、ボクはボクを出し切る。じゃなきゃ、ノヴムに失礼だから!)


 そう決心したエレンの前に、二つの魔法陣が浮かび上がった。

 赤色――火の魔法陣。

 水色――水の魔法陣。

 拳と一緒に、その魔法陣を重ね合わせる!


「魔力結合――火と水」


 瞬く魔法陣に向かい、何かを投げるような動作をした。


「イラプションっ!」


 エレンの魔法陣から、解き放たれた。

 赤い、津波。


「マグマ……すごい……!」


 朱く瞬く流動体は、たちまちミノタウロスを飲み込む。

 声を上げる事すらできないまま、途方もない灼熱でミノタウロスの全身が蒸発していき、そして消滅する。

 後に残ったのは、黒く固体化した溶岩だけだった。

 しかしそれも、エレンが指を鳴らすと消える。

 

 一瞬のマジックショーに、ノヴムも思わず目を見張った。


(魔力結合は、トップクラスに難しい魔術だ。それをこのレベルで扱えるなんて……)


 驚愕も束の間。エレンは膝を着いて息を切らしていた。

 強力な魔術の分、消費するスタミナが激しい。


「……ボクの事はいいから、怪我人がいないか見てきて」

「その必要はないみたいだよ」


 火と水の魔力結合“イラプション”を放ったエレンの下へ、兵士や街の人達が駆け付けた。

 彼ら曰く、被害者は少なく、死者もいなかったようだ。また近くの水道施設から出てきたばかりだったらしい。

 

「さっき、凄い魔術を放ったのはアンタか!」

「ありがとう。私、もう少しであの怪物に食べられるところだったよ」


 街の人に祝福されるエレンの後姿を見ながら、ノヴムは自虐的に笑う。


(……俺は、リヴァイアサンとしての正体がバレることを危惧して、何も出来なかった。そんな俺に比べたら、君の方が立派じゃないか)


 どうか、エレンにはいつか、自分の役割を見つけ、一人で光の舞台に登って欲しい。

 不謹慎にも、そんなことを思うのだった。

 

「ノヴム、ノヴム」


 物思いにふけていると、エレンがこちらに手を伸ばしてきた。

 さっきまでエレンの方がスタミナを消費して座り込んでいたのに、いつの間にか立場が逆転していた。


「どうやら後の処理は兵士さんたちがやってくれるようだ。行こう」

「ああ、うん」


 小さな手を掴み、立ち上がるや否や、やっぱり柔らかい感触が脳を変に刺激してくる。

 しかしエレンも返ってくる手の感触を、愛おしそうに握り返すのだった。

 やはりエレンという少年については、何故か少女を相手にしているような気がしてならない。

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