第22話 殺し屋、掌返され持ち上げられる夜
“竜爵”という称号は、思いのほか強力だった。
昨日まで没落貴族と嘲笑っていた筈だったのに、掌を返して擦り寄ってきたのだ。
「これはノヴム様! はっはっは、今日も御健在で!」
「いやまあ、俺まだ18歳だから寧ろ健康であるべきなんだけど……」
門にて貴族が待ち構えていたから、また虐められると思っていたらおべっかを使われだした。
「プルム嬢。こんな重いのは男である我々が持ちます」
「え、いや、あの結構です」
更に同行していたプルムも引く程の接近の後、同じ目線にまで跪いた。これではまるでプルムの従者だ。
すごいやり辛いです。とプルムが嫌な顔で見てきた。ノヴムも同感だった。
勿論、こんな露骨に擦り寄ってくる連中は一握りだろう。
“貴族院”に行けば、竜爵という名誉にも負けない曲者達が、ノヴムを潰そうと躍起になるはずだ。
「おーい! ノヴム殿ー!」
「エレン!?」
人混みを掻き分け、エレンが駆けてくる。体の細さに反して思いのほか力が強く、貴族達を次々かきわけてくる。
「あのだな、ボク、そこに越すことになったから」
「えっ!?」
昨日まで誰も住んでいなかった近くの廃墟。しかしいつの間にか手入れされている。
住居としては十分成り立つレベルにまで回復していた。
一緒についてきたアルデンテが一晩でやってくれたのだろうか。
「エレンは竜爵になったんだよね。少なくとも、議会での発言権は増すはずだ。つまり、議会で君が戦うべき機会も、国から求められる仕事の量も増える」
「確かに」
「だから、ボクに君の秘書をさせてほしい。君の手伝いを通して、世界をまずは見てみたいんだ」
秘書。そんなこと考えたことも無かった。
しかし秘書といえば女性がやる者のような気もするが、エレンは男性だ。
男性のはずだ、と思わずノヴムは首を傾げる。
何故エレンを見ていると、こうも感情の中の何かが歪んでいくのだろう。
「エレン様は女王陛下の秘書を務めた事もあります。その経験は、ノヴム様に取ってもよいものかと」
「えっ、本当!?」
助け船を出したアルデンテのこの凛とした静かな佇まいからは、嘘かどうか見破ることが出来ない。
「ノヴムさん! 俺の娘を秘書に!」
「いや、俺の妹なんてどうだ!? 気品があっていいぞ!?」
ノヴムは少しだけ考えて。
そして、エレンの隣に立って、申し訳なさそうに貴族達に返した。
「すみません。俺、共に何を成すべきか探して歩く秘書は決めてるので」
ぽんと、エレンの肩を叩く。その時、エレンが紅潮していたことを、ノヴムは知らない。
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未だノヴムと並んだ心臓の高鳴りを抑えられぬまま、エレンはアルデンテと自分の
ソファに腰かけながら、くたびれた様子で天井を見上げる。
「それにしても、あの母上がこんな事、よくも許したものだ」
「現在王宮は危険でございます。王朝を快く思わぬ者たちが、貴方の命を狙っています。幸いマーガレット様の御働きにより、王女の顔を知る者は殆どいません」
「外でボクが男装を続けていれば、逆に狙われることはない、って母上は考えたんだな」
エレンは王宮に閉じ込められていた。
生活自体は不自由はなかった。衣食住は事足りた。アルデンテという師に従事して魔術も覚えることが出来た。
だが、決定的に自由は無かった。いつも一度は駆けてみたいと外の世界へと目を向けていた。
あそこで蹲っている乞食に何かできないか。そんなことを考えていた事もある。
しかし外に出て、現実の厳しさを知った。
「しかし、外は常に危険が孕んでいます。昨日十分お分かりになったでしょう。喩え魔術がずば抜けていようとも、不意を突かんとする悪知恵には敵わない事もある、と」
「ああ。痛いほど教えられた」
「常に周りに気を配りなさい。そして育みなさい。全てを敵として警戒する心を。それが師として、今回貴方に教える事です」
「分かった。アルデンテ先生。でも、ボクはいずれ全てを友として救うよ。それが、ボクの目指す王の姿だ」
その方法を模索する為に、ノヴムの秘書になった。
ずっと箱庭に閉じ込められてきた姫、エレン。外への一歩目が、竜爵に付いていく事で正しいのかは分からない。
だけど、正解とするしかない。でなければ、エレンの心は一生王宮に閉じ込められたままだ。
あのエレンでさえも意図が掴めぬ母親に、閉じ込められたままだ。
「エレーナリア様」
「ここではエレンで頼む。二人の時もだ」
「エレン様。しかし女王であることは明かしてはなりませんし、女であることは普通に明かしていいのでは?」
指摘されると、しどろもどろになるエレン。
「いや、そうすると、ノヴムと対等ではいられなくなる気がする!」
「それはあまりに私的な内容かと。子供ですか」
「わ、分かっている。貧困にあえぐ国民を救いたいという気持ちは絶対だ」
さ、さあ、これから忙しくなるぞ、とわざとらしく腕捲りをしながらエレンが再びノヴムの屋敷に向かった。
その後姿を見て、アルデンテは郷愁の思いに駆られた老人の如く、小さく微笑む。
「私も遥か昔に忘れた、青春の匂いがするわねぇ」
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