第21話 殺し屋、竜爵という称号を帯びる昼

 エレーナリア女王は、謎が多いことで有名だ。

 というのも、公的に姿を見せた例が極端に少ない。謁見や外交の場においては、いつもヴェールを掛けた姿で登場する為、全貌を伺うことが出来ない。勿論外国勢力に対しては不評を買う事もあるが、王太后の交渉能力で乗り切ってきた。

 

「親愛なる陛下。本日は私のような若輩者をお招き頂き、大変喜ばしく存じます」

 

 ノヴムが謁見の間に来た時も、王女は白布の向こう側で玉座に座っていた。

 シルエットは分かるが、具体的な顔立ちは分からない。

 仮に影武者が座っていても、これでは気付かないだろう。

 しかし、そのような詮索は今はするべきではない。レッドカーペットの上で、跪く。


「また、王太后様に置かれましても、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 一方、ヴェールのこちら側に佇む、一人の中年の女性に目をやる。

 一目見ただけで気品が誇り高い服着て歩いている印象を得た。それくらいに凛々しい女性だった。

 今この場に居るのは、女王と、王太后と自分だけである。

 

 もう一人いる。ヴェールの向こう側に一人、護衛が着いている。相当の手練れだ。

 必要最低限の警戒はしているようだ。

 流石は王太后、と思った。女王ではなく。


「ノヴム=オルガヌム。顔を上げなさい。昨日の“地下水脈アンダーグラウンド”では見事な働きでした。あなたが機先を制し、“地下水脈アンダーグラウンド”の悪行を突き止め、その撲滅に一役買ったと聞いています」

「あくまで風の噂ですが、“地下水脈アンダーグラウンド”は女王陛下に危害を加える事を目論んでいたとか。陛下の身に何事も無く、このノヴム、安堵しております。そして我ら貴族、陛下の安全を守ることが出来るよう、より一層の治安回復に努めてまいります」

「堅苦しい話は、恐らく互いに合わないでしょう。なので、単刀直入に、本日あなたをお招きした要件をお伝えいたします」


 ヴェールの向こうからしていたのは、確かに少女の声だった。

 初めて聞いたはずなのに、懐かしさを感じる声だった。 


「あなたを龍爵の名誉を授けます」

「竜、爵……」

「ご存知かと思いますが、かつてこの王国は四人の竜爵によって、王国滅亡の苦境から脱することが出来ました。しかし時の流れと共に、“竜爵”という言葉は消えました。今、王国が時代のうねりに在る中で、今一度“竜爵”は復活されなければならないと、常に考えていました」


 その称号は、少々重すぎる気がする。

 この百年間。竜爵という称号を得た貴族はいなかった。必要が無かったと言えるのかもしれない。

 だが元々、竜爵とは国の英雄も同然の誉れだ。

 昔話の側面もあるために、現代ではその影響力は弱まっている。だがオルガヌム家が今後、これまでとは別の見方をされることは間違いない。

 

「……エレンは私の秘書です。最近暇を出しましたが、それでも私の友人です」

「そうでしたか」

「助けてくれて……ありがとう」


 何故かしどろもどろとされた。まるで自分事の様だ。


「謁見は終わりです。ご退出を」


 マーガレット王太后に促され、そこで謁見の間を後にした。

 謁見の間を閉めるなり、マーガレットが肩を叩いてきた。

 

「騎士道も化石になったこの時代に、まだ貴方のような人がいる事は誉れですわ」

 

 第一印象とは異なり、フレンドリーな雰囲気を醸し出す。


「その慧眼、これからも陛下の為に、そしてハルド王国の為に使ってくださいね?」

「はい王太后様」

「ところで、あなたの父はベーコン=オルガヌムでしたね」

 

 ピク、とノヴムの瞳が僅かに固まる。

 それを見透かした目をしておきながら、敢えて王太后は触れてこない。

 

「10年前、不慮の死を遂げていなければ、彼は今頃この王国を導いていたでしょう」

「それはどうでしょう。父は人の上に立つのが苦手でしたから。俺に似て」

「ベーコンに着いていったあなたも、行方不明になった」


 仕掛けてきた。


「帰ってくるまでの9年間、何をしていたのかしら?」

「公に発表した通りです。当時戦っていた敵国に捕まり、幽閉されていました。僭越ながら、あまり語りたくないのですが」

「ごめんなさいね。気になったものだから」


 何でもないじゃれ合いだったかのような軽さ。

 しかし、“探り”を入れているのは確かだ。少しだけ、ノヴムの中でささくれ立つ。


「……先程、俺は言いました。父は人の上に立つ存在では無かったと。しかし、人の前に立つ騎士でした。悪を憎む、正義の人間でした。故に、とある悪によって殺されました」


 まるでその“悪”であるかのように、一瞬だけマーガレットへと睨みを向ける。


「10年前に、父を殺した黒幕に俺は必ず辿り着く。この王国に、また新しい腐敗を生む前に。竜爵になったからには、それくらいはする所存です。どうかご記憶下さいますよう」

「ええ。頼もしい限りだわ。貴方の事、気に入りましたわ」

「光栄の至りです。それでは」


 去っていくノヴムの背中を、ずっとマーガレットは見ていた。

 最後に見たマーガレットの顔は、薄い笑いに包まれていた。

 

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「アルデンテ?」

「ここに」


 マーガレットの背後から、エレンの侍女であるアルデンテが出現する。

 

「エレーナリアの顔を漏らした奴は?」

「情報を全て絞り出したうえで、“処理”しました」

「情報を耳にした奴の“処理”もお願いね。この王朝を揺るがすものは、誰であっても許してはならないわ」

「気になるのは、“リヴァイアサン”ですね。彼も女王陛下の顔を知っている可能性が高い」

「ええ。彼も“処理”しなきゃ。あのような私刑が正義などと、民衆に思わせてはなりませんからね」


 さて、とマーガレットがアルデンテへと振り返る。

 

「悪いわね。エレーナリアの余興に付き合わせちゃって」

「御英断だと思います。陛下も少し外を見るべきかと思っておりましたので」

「……もう一つ頼まれてくれない?」

「ノヴム=オルガヌムの事ですね」

「ええ。彼について調べておいて欲しいの。他は、貴方の好きなようにしてくださって結構よ。アルデンテ」

「仰せのままに」


 アルデンテが消え、この国で頂点に立つ王太后マーガレットは、また孤独にになる。


「面白い息子を遺してくれたわね。ベーコン」


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地下水脈アンダーグラウンドに王女誘拐の依頼をしたのは誰か、掴めそう?」

「正直、さっぱり。誰かさんがリーダーのキースを殺しちゃうから」

「どっちにしろあれは口を割らなかったよ」


 帰り道、ノヴムはベンチに座って、独り言をつぶやいていた。

 背中合わせのベンチに座る“アリス”も、独り言をつぶやいていた。


「兵士に化けてた奴から聞いた話じゃ、依頼主の代理に当たる人間は、キース達に前金を見せた上で

「流石にそれは追えんて。でもあーしの勘だけど多分その依頼主は、“ゴーレム”を使ってる」

「ゴーレム……無機物に自律機能を持たせる魔術?」

「そう。禁術指定されてるアレ」


 傍から見れば、まさかその二人が話をしているなんて分からないだろう。

 傍から見れば、まさかその二人が王都の死神たる都市伝説かなんて分からないだろう。


「だとすれば大した魔術師って事になるね。骨が折れそうだ」

「またまたあーしの勘だけど。この前水道から現れたっていうワーウルフが関係しているような気がするのよね」

「あのワーウルフか。確かに、おかしな所が何個もあったな」

「……少し、集中的に潜る必要がありそうね。もうちょっと時間ちょーだい」

「うん。君の安全第一でお願いね」


 アリスは、少しだけ頬が緩んだ。

 ノヴムは、無表情で青空を見上げたままだった。


「あ、そうだ。ノヴム。竜爵だって? おめでとう」

「祝う事じゃないよ」

「いいじゃない。これで“貴族院”でも発言権を得たし、何より……」


 突如アリスの声が重くなる。


「あのマーガレットに近づけたのだから」

「アリス。合言葉、忘れた?」


 諫めるような、淡々としたノヴムの口調。


「勿論覚えてるわよ。あーしらは正義の味方じゃない。腐敗した枝を剪定する悪」


 ノヴムの右手には、“リヴァイアサン”たる竜の面があった。

 一方アリスの左手には、兎の面があった。


「それでも10年前、って思うと、中々心も思い通りにはなりませんわけよ」

「分かってるよ、ようやく奴に近づいたんだから」


 二人の視線の先には、マーガレットのイメージが浮かんでいた。


 王太后マーガレット。この国の実権は、エレーナリアの母親である彼女が実質握っている。

 貴族の頂点。それに近づけた事が、“竜爵”などという称号よりも大きい。


 何せ、王国の大きな腐敗に――10年前、父も死んだ“あの事件”に、この女が関与している可能性があるのだから。


(見極める必要がある。マーガレットが何者なのか。もし悪なら、腐敗全て引っこ抜いて、そしてマーガレットも殺す)

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