第19話 殺し屋、暗殺者を暗殺する夕方②
きっかけは自分の血が、何も無い空間で雫を作っている事だった。
「糸……だと……!?」
糸、というよりはワイヤーだった。
それが、自分の周りに極細の直線が張られている事を悟った。他にも、部下たちの血を滴らせる直線が関数を描いていた。
それが、ノヴムが仕掛けた罠である。
「……そんな罠、いつ仕掛けた。さっき来たお前に張り巡らせる時間なんて無かった筈だ」
「俺の“空気化”を見破るまでの時間で十分だ」
「大体こんな糸で、骨まで切断できる訳が」
「“空振糸”。さっき張り巡らせた糸を、“風魔術”で揺らした空気を媒介に、共振させた」
ブゥン、とほんの僅かに極細の糸がブレる。
今の糸は、鋸と同じ鋭利さを持っている。
弱い魔力でも可能だ。代わりに器用さが必要だが。
つまり、“空気化”によるノヴムの攻撃は、二段階にて成る。
第一段階、透明になったノヴムで暗殺できればそれで良し。
だがノヴムを見つけることが出来たとしても、今度はノヴムに視線がくぎ付けになる。
結果、第二段階の罠である糸を見破れず、気付いた時にはバラバラになっている訳だ。
「それにしてもこんな罠に引っかかるなんて、“
「……ほう。奇襲一つ成功した程度で随分と勝気だな」
「即死は免れたとはいえキース、左腕の出血量は無視できない。あと数分もすれば失血死は間違いない。君達は終わりだ」
「だろうな。だがリヴァイアサン、せめてお前を道連れにしてやる」
キースの周りで糸が千切れた。
振り上げた右手には、十分強固なナイフが握られていた。
「暗器か」
「こっちはサブだがな。俺はあくまで雷魔術で成り上がってきた……くらえ!」
黄色の魔法陣がキースの前方にて出現する。
だが、雷鳴も轟く事が無ければ、雷光が魔法陣から這い出る事も無い。
「は……?」
また見失ったからだ。
今の今まで、前方にいた筈のノヴムが。
「俺はさっきから後ろにいるんだけど、誰を相手にしているんだい?」
その質問の通り、ノヴムは背後にいた。
銃を衒った人差し指を、キースの後頭部に向けていた。
「馬鹿な……この俺が、こんなにあっさりと背後を……く、空間移動の魔術!?」
「そんな大層な魔術は俺には使えないよ。せいぜい、意識を誘導することしか出来ない」
「じゃ、じゃあ、どうして」
「空気の振動を操れるって事は、声の振動も操れる。君には、ずっと前から聞こえていた筈だろうね」
ノヴムの声は、真正直に後ろからキースに伝わっていなかった。
声の振動を、空気に乗せて操る事で、前から伝わっているように錯覚させたのだ。
「さっきから無駄な煽りを繰り返していたのはその為だ」
「俺の出血死までの時間稼ぎではなく……俺の意識を……前に誘導する為……」
真正面からの派手な戦闘など不要だ。
ノヴムは戦闘のプロでない。殺戮のプロだ。
故に敵の意識に隙間を作り、背後から銃で撃ち殺す。
地味な殺戮こそが、リヴァイアサンとしてのモットーである。
今度こそ万策尽きたキースは、ナイフを零し、枯れた笑いを上げる事しか出来なかった。
「断罪を執行する。要は死ね、懐古主義者って事」
「……“リヴァイアサン”。おたく、何者なんだ?」
「お前達が腐敗の枝だと判断して剪定しに来た、ただの悪だ」
空気の弾丸が、後頭部を撃ち抜くその刹那。
脳裏にあったのは、暗殺者としての純粋な敬意だった。
故に、最後は完全な誉め言葉で締めくくる。
「化物め」
こうして、燻っていた一つの時代が終わった。
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